江戸時代に岐阜県の木曽川などで薩摩藩士が手がけた「宝暦治水」。犠牲となった薩摩義士の慰霊祭が、25日、鹿児島市で開かれました。
「宝暦治水」は江戸時代に薩摩藩の家老・平田靱負らが幕府からの命令をうけ、岐阜県の木曽川などで行った治水工事です。

過酷な工事で80人以上が命を落とし指揮をとった平田靱負は責任をとって自害したとされています。
慰霊祭は平田靱負の命日にあたる5月25日に毎年開かれていて、ことしは県内外からおよそ400人が参列しました。
(岐阜県 日新中学校2年)「この機会を通して、平田靱負さんに感謝を伝えることができてよかった」
(鹿児島第一高校2年)「知らなかったから、これからも調べてみようと思った」
(岐阜県薩摩義士顕彰会 横川真澄副会長)「薩摩義士の遺徳をしのんで末永く顕彰申し上げることが私の責務。広く知ってもらえるよう取り組んでいきたい」
宝暦治水から270年以上がたった今、参列者は薩摩義士の功績に思いを馳せていました。














