ある日、心に浮かんだ「自分は世界中どこにいてもいいんだ」という感覚。そして湧き上がってきた「塩づくり」という言葉に導かれるように奥能登の町、珠洲へ。この春、塩づくり職人への道を歩み出した女性が見つめる未来とは。
2026年4月から石川県珠洲市で塩づくり職人を志して働いている富山市出身の女性がいる。熊本美代子さん(41)である。
なぜ今、富山を離れ、未経験の塩づくりの世界に飛び込んだのか。
「なぜ塩づくりだったのか、理由は分からない。自分で決めたというより、ただ流れに運ばれるように選んでいた」
熊本さんの自宅には介護が必要な祖父母がおり、母の負担を減らすため、なるべく自宅から近い職場を選んでいた。
その後、祖母はショートステイなどを利用できるようになり、家族の介護の負担が少しずつ軽くなっていった。そんな中、2025年8月に祖父が亡くなったことで、改めて自分のこれからのことを考えてみた。
ある時ふと、「私は世界中のどこにいてもいいんだ」という感覚がやってきた。そして、「塩づくり」という言葉がおなかの底から湧きあがってきたという。
すかさずスマートフォンで「塩づくり 求人」と検索すると、1件ヒットした。
出てきたのは能登製塩という会社。石川県能登の地で、海水から塩をつくり続けている。1999年の創業で、直火を入れない製法にこだわり、自然の味を大切に守ってきたらしい。
熊本さんが連絡してみると、採用担当者で現執行役員・経営統括の高山千絵さん(56)からこう提案された。
「現地を見てみませんか?」
高山さんは先代社長の友人で、志半ばで亡くなった彼女の塩づくり事業を残したいと、広島から金沢へ移住してきたばかりだった。
求人票を公開して1週間後に熊本さんが応募してきたという。高山さんもそれまでは全く別の業種で働いていた。きっかけは違えど、塩づくりに関しては素人の2人。無意識のうちに互いを求めていたのかもしれない。
熊本さんを仲間として迎え入れることにした高山さんは、当時のことを「思いが通じたと感じた」と振り返る。















