81年前のこの時期に始まり、終戦を迎える8月まで続いた「宇和島空襲」を語り継ごうと、愛媛県宇和島市で平和を願う集いが開かれました。
この集いは、空襲の体験者らで作る市民団体「宇和島空襲を記録する会」が、慰霊碑のある市内の公園で行っているもので、10日は市内外から参加したおよそ20人が献花や黙とうを行い、犠牲者を悼みました。
太平洋戦争末期の1945年、愛媛県宇和島市内では5月10日から終戦を迎える8月にかけて、確認されているだけでも9回の空襲があり市民らおよそ300人が犠牲になりました。
また、長崎に原爆が投下される前の日には、パンプキン爆弾と呼ばれる「模擬原爆」が使用されました。
(NPO法人宇和島空襲を記録する会・黒田美知子代表)
「平和学習そのものも、だんだん数が少なくなって実際に体験した人の話を聞く機会もなくなっています」
集いの中で、団体の代表の黒田美知子さんは、戦争体験者の高齢化や平和学習の機会が減る中で、体験談などを語り継いでいくことが重要だと訴えていました。
(参加者)
「戦争で子ども達や大人の人たちが死んでいくというのは悲しい」
(黒田美知子代表)
「希望を捨てないで、命ある限り続けて行く」
参加した人たちは、戦争の悲惨さと平和の尊さについて学んでいる様子でした。
注目の記事
80年以上口を閉ざしてきた記憶 満州での過酷な逃避行と母の決断 91歳男性の証言【終戦81年】

「私はすぐさま殺しに行きました。飛びかかりに行きました」裁判所で娘を殺害した少年に対面した父 遺族を襲うマスコミの過熱報道と司法の壁「減刑された理由はなんですか、裁判長」【女子中学生殺害遺棄事件/第3話】

11歳息子を殺された父「加害者との糸を絶やさない」関係を断てば「望む謝罪・賠償すら得られない」受刑者から途絶えた手紙…面会で知った真相に怒り「裏切られた」

中国のカキ養殖ブイ「環境に優しい」はずが大量の漂着ごみに… 扱いを誤ると破裂のおそれ、まるで “風船爆弾” 安全な処理方法とは

16歳で意に沿わぬ結婚…フィリピンに残された残留2世の現実 いまだ無国籍状態も…背景に“戦後の激しい反日感情” 終わらない戦後を追う

「森と自分、お互いが共に豊かになれるように」 森の香りをアロマに 1kgの枝から精油 わずか4ml 枝の採取、蒸留も自ら 山梨で手作りのアロマブランド









