現役晩年でたどりついた「押し込む相撲」の極意

元横綱・2代目若乃花の間垣親方(当時)が師匠の間垣部屋に入門した中板さんでだが、最初は小兵力士らしい相撲のスタイルを模索したという。

入門時の師匠 元横綱・2代目若乃花の間垣親方(当時)

中板秀二さん「(最初は)小兵力士に見られるような食いついて離れない相撲というのを入ったときは心がけてはいました。小さい人は大きい人以上に動き回らなきゃいけないし、技も多彩でなかいけないというのが自分の中にあったんですけど、それをいったん考えるのをやめて全部減らしていったんです」

現役時代の中板さん

立ち合いから相手に当たって押す。そのことだけを考える相撲は、デビューから10年以上経ってからしっくりくるようになったという。

現役終盤で幕下にも上がり、最高位は幕下22枚目だった。

中板秀二さん「立ち合い、相手より早く当たる。一歩でも押し込むことだけを考えてやった結果、相手に圧力が伝わるので、そのあとの相撲は完全に体に染みついてきた流れで体で勝手に動いてやってくれるという感じだったかなと思います」

15年の現役生活で、引退する間際で“相撲の神髄”がわかるようになったという中板さん。

ひとくちに15年といっても、その中では力士人生を左右する荒波も訪れていた。そこには、のちの横綱・照ノ富士もいた。

▼関連記事を読む
所属する相撲部屋の閉鎖… 照ノ富士らと選んだ“伊勢ケ濱部屋への移籍”は吉と出た力士人生 元幕下・駿馬の中板秀二さん②

▼関連記事を読む
「気は優しくて力持ち」 介護士で活躍する力士は増える傾向に “相撲ショー”の出演もセカンドキャリアの大きな柱に 元幕下・駿馬の中板秀二さん③