拘置所での164日が支援団体立ち上げのきっかけに

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――退官されたあとに、障害者の方を支援する共生社会を作る愛の基金から始まって、若い女性を支援する「若草プロジェクト」とかもいろいろと始められました。そこについては、どういった思いで始められたのですか。

(村木厚子さん)
「拘置所に164日いると、受刑者の人たちとも結構すれ違ったり、様子を見たりすることが多いわけですよね。で、そうすると最初は怖かったんですよ。悪い人たち、怖い人たちとすれ違わなきゃいけないっていうのが。でも慣れてくると、どこかで見たことがある人だという、むしろ福祉の現場で見たことがある人たちに近い人が多いんですよ。

高齢の方、この人障害あるなとか、それから、何かこうハンディキャップがあったり生きづらさ抱えてたという人が多くて、すぐに怖くなくなっちゃったんですよね。取調べの検事さんからも、僕たち正月前は忙しいんですよって。お正月ここで、刑務所の中で過ごしたい人が多いからと言われて。結構衝撃でしたね」

――そういう衝撃を受けたとしても、自分でいろいろな組織、団体を立ち上げて自ら先頭に立って変えようという行動には、なかなかつながらないと思います。そこの一歩につながったっていう、一番大きな理由は何でしょうか。

(村木厚子さん)
「これ全然立派じゃない話で、国を訴えたときに、裁判に勝って手元に3,333万円残ったんですよ」

――「私の履歴書」の中でも書いていらっしゃいましたよね。こんなにすぐ認諾(民事訴訟で、被告が原告の請求を全面的に正しいと認め、その時点で裁判を終了させる手続き)で国が認めるなら、もっとお金を請求すればよかったみたいな。

(村木厚子さん)
「認めにくい金額にしておけばよかったんです。もう弁護団と一緒に、『しまった』と。税金じゃないですか、そのお金の元って。これはもう使えないわと思って寄付して、障害がある方で罪に問われた人の支援を、ものすごくしっかりやってくださってる南高愛隣会っていう社会福祉法人に寄付して活動を始めてもらったんですね。だからそんなに立派な理由でもなく」