北海道のJR留萌線は31日が営業運転の最終日。1910年(明治43)の開業以来、116年間続いたレールの響きもこの日が最後です。

鉄道ファン
「なんか寂しい感じがします」
「音とか風景を目や耳に焼きつけたい」

存続を訴えてきた沿線自治体の町長は…。

沼田町 横山茂町長
「きょうで灯りは消えてしまいますが、私たちの心の灯りはこの先は消えることはなく…」

地域の産業と発展を支えてきた留萌線、最後のにぎわいと沿線の人たちを見つめます。

万感のラストラン「たくさんの思い出をありがとう」

片山侑樹記者(JR石狩沼田駅・31日午前9時半すぎ)
「きょうをラストランを迎えるJR留萌線の石狩沼田駅に来ています。午前中からにぎわいを見せています」

31日の石狩沼田駅です。お別れセレモニーが開かれ、ふだんは静かな終着駅に、大勢の鉄道ファンが詰めかけました。

秩父別町から来た人
「家からガタンゴトンとずっと聞こえていたので、あの音もなくなるのかと思うと寂しいです」
「たくさんの思い出を作ってくれてありがとうって感じ」

ニシン、石炭、木材の運搬…夏は留萌の海水浴へ ともに歩んだ116年

この日、ラストランを迎える留萌線。1日、1キロあたりの平均乗車人数は100人未満で、JR北海道は廃止を提案していました。

沿線自治体との協議を経て、2016年に留萌~増毛間を廃止。2023年には留萌~石狩沼田間も。

学生の通学利用に配慮して、3年間、廃止が猶予された石狩沼田と深川の間も、4月1日で廃止となり、これで留萌線すべてで運行が終了します。

小泉商店 小泉清彦さん(81)
「はい分かりました。お届します」

沼田町に住む小泉清彦さんです。石狩沼田駅の近くで、130年以上続く酒店を営んでいます。子どもの頃から、生活の中心に鉄道があったと言います。

小泉商店 小泉清彦さん(81)
「どこ行くにも汽車ですよ。夏の暑い時に学校の子どもたちも海水浴に汽車でみんな団体で乗って行く。留萌の近くになると潮風が海の香りがして、いやぁ農村地帯とは違うなって感じはよくしましたよ」
「この辺は昔ニシンがとれた。留萌のところで貨車何台もおりて、びっしりなったらこっちに運んでくる」

ニシンの他にも、石炭や木材の輸送で活躍した留萌線でしたが、炭鉱の閉山など、産業の衰退とともに利用者も減少していきました。

小泉商店 小泉清彦さん(81)
「恵比島の駅だって、商店だって15~6軒くらいありましたからね。いまは1軒もありません。人がいなくなっていきますしね、だんだん。いやあ寂しくなりますね本当に」

「駅を活用してほしい、なくしたくない…というのが本音」

多くの鉄道ファンが訪れた留萌線の「秩父別駅」です。

信平俊行さん76歳は、13年ほど前からボランティアで駅周辺の清掃を続けています。

去年までは自ら花を育て利用者を出迎えていましたが、廃線を受け、今年は種を撒くのをやめました。

信平俊行さん(76)
「悲しくなるよね。これがなくなると。駅があったということを見に来てほしい。駅を活用してほしいのが僕の希望なんです。なくしたくないというのが本音です」

“赤色線区”すべて廃止…変わりゆく地域の交通網

堀内大輝キャスター)
JR留萌線は、31日午後9時11分、石狩沼田発の最終列車で、116年の歴史に幕を下ろします。

留萌線の廃止によって、通称「赤色線区」と呼ばれる区間はすべてなくなります。

森田絹子キャスター)
赤色線区とは、JR北海道が単独では維持が難しいとしている区間のうち、1キロあたりの平均乗車人数が、200人未満の区間です。JRが廃止の方針を示してから10年。5つの赤色線区は、すべてなくなることになります。

堀内キャスター)
廃線になった後に交通手段が、課題となります。

森田キャスター)
留萌線では3年前に一足早く、石狩沼田と留萌の間が廃止されています。鉄道がなくなった留萌の交通について、マチの声を聞きました。