高校時代の恩師が見た 朝日選手の「挫折と涙」
かつて箱根駅伝で活躍した父親の影響で、高校から陸上部に。3000メートル障害で力をつけ、全国でも名を知られるようになりました。
土井田さんには忘れられないレースがあります。
(玉野光南高校陸上部 土井田匡徳監督)
「インターハイは挫折、大きな挫折だと思いますね。勝てると思っていたでしょうし、僕らも勝たせるつもりだったので」
高校最後のインターハイ。当時、全国ランキングで1位だった黒田選手は、優勝だけを見据えていました。予選をダントツで突破。
そして迎えた決勝。レース中盤、仙台育英高校の留学生選手が飛び出すと、黒田選手も懸命に追います。
しかし…高校集大成のレースを優勝で飾ることはできませんでした。
(玉野光南高校陸上部 土井田匡徳監督)
「その当時のランキングとかを見ても、負ける要素はなかった。暑さ・疲労・調子が上がらなさっていうところですね」
陸上を始めて3年での準優勝は快挙。でも勝ちたかった...黒田選手は初めて、悔し涙を流しました【画像㊹】。
(玉野光南高校陸上部 土井田匡徳監督)
「めちゃくちゃ悔し涙を流していたのが、僕の中にずっとあって。勝たせられなかったなって。『世界に出たらこれが当り前』という話は本人にはして」














