必死に生きる毎日のなかで 娘捜し続け15年
震災発生から5年後、千葉さんは高台に自宅を新築しました。
千葉正志さん「やっとここで一家団らんの場が持てるのかなと」
この場所での生活も10年目を迎えました。
千葉正志さん「最初はなんと殺風景なうちだなと思った。いまはやっぱり慣れた」

震災後、残された船で漁を再開した千葉さん。必死に生きる日々のなかでも、娘の姿を探し続けています。
千葉正志さん
「網が(深さ)100メートルから130メートルまでいくと、岩についてるコケが丸くなって、白くなっている。あれ、と思って…手に取ってみる。何回もある。今でもあるよ。これかなと思って見て。でもやっぱり違うんだ」
15年 娘を待ち続けて
心には穴が開いたまま15年の時が過ぎました。

千葉正志さん
「いつまで待っても、娘は来ない。亡くなったって気持ちが頭に入ってしまえば、そんなことはないんだけど。死んだのはわかっているけど、その後に体(遺体)が来ないから…15年ずっと、長かったような気がする」
今月11日。震災発生の時刻を迎えようとしていました。
千葉正志さん
「(3月11日を迎えるのは)いやだ。1年生活するにはこの日は避けて通れない。どこかに旅行にいくとか、娯楽がてらに遊びにいくこともできないし。困った日にちだ。11日は…」

あの日から15年。千葉さんが光子さんを思う日々に区切りはありません。














