15年経っても「保養」が必要な理由 映画を通じて知ってほしい

去年、その保養の様子を記録した渡辺さんの映像が関係者から評価され、東京ドキュメンタリー映画祭の短編部門に出品。111作品の中から「準グランプリ」に選ばれ、さらに投票で決まる「観客賞」も受賞しました。

(渡辺嶺也さん)
「保養っていう活動を、そもそも知らなかったから、それが知れて驚きだったという審査員の方もいらっしゃった。この映画を通して、そういう今まで知らなかったものを知ってもらうきっかけになればいいなというのは強く思っています」

東日本大震災、福島第一原発事故から15年の月日が経ちました。福島県内では、今でも少なくとも2万3000人が避難生活を続けています。そして、約300平方キロメートルが残る帰還困難区域では、特定帰還居住区域で除染や住宅の解体が進められています。

原発事故のあと、埼玉から岡山に移住し、その後、せとうち交流プロジェクトを設立して「保養」に取り組んでいる蝦名宇摩さんです。これまでに参加した家族はあわせて約150組。ここまで続けられたのは、支援者の協力や参加者の強い思いがあったからだと振り返ります。

(蝦名宇摩さん)
「この今の福島の現状を、宮城の現状を忘れないで下さいって言って、帰る時に必ず、必ず来年もやって下さいとかって言われるんですよ。来年も必ずとか、私たちの居場所を作って下さいっていう思いで、こうメッセージがくると、何が何でもやらなきゃなっていう思いで奮い立たされて、そういう感じで、もう背中を押されながらやってきたとこもあるので、これはもう、いつでもここの場所に来てねって、安心して提供できる場所を私が作っていかなきゃなっていう感じにはなってきていますよね」

今年も瀬戸内市で「保養」が行われます。震災から15年経った今もこのような取り組みを必要としている人たちがいる。そういった現状を知ってもらいたいというのが、自らも移住者の1人である蝦名さんの思いです。

(蝦名宇摩さん)
「福島や宮城で今、起きていることに思いを巡らせてもらいたいなと。海水にも流すこともしていますし、あと、暮らしの中で、お母さんたちがずっと気になること。ふと気になることが、私たちからみたら、まったくそこには思いがいかないことがあると思うんですね。公園で遊ばせていることもそうですし、食べ物がどこでとれたのかなとか、そういうことも岡山にいたら、ぜんぜんやらないことなんですけど、ただ、向こうにいるとすごく気にして暮らしている。保養という存在を知ってもらうこと、そして、そうやって暮らしている家族が15年経ってもいるっていうことを、困難な暮らしをしているということに思いを巡らせてもらいたいなっていうのが一番です」

(映画の音声)
「~きょうまで生きててよかった~」