長谷川さんからは、傷ついた地域の様子を必死に伝えようとした当時の様子が説明されました。

東海新報社 長谷川一芳編集局長
「(当時)宮城県沖地震が来るということでそれに備えて自家発電装置を作ってて、それが功を奏してライフラインは止まったんだけど、これを刷れるくらいの電力は確保できてこの号外を2000枚作って避難所に持ってったと。当日はね」
熊谷さんは寄贈への思いをさらに強くしたようです。
熊谷さん
「被災者のみなさんが生きるための情報を自分たちのことを顧みないで出していかなければならないと。そして発行しながらも避難所に自ら届けに回ってたということで本当に頭が下がる思いです」














