「マラソンは“助け合い”だな、と感じました」

――MGC出場権を取ることができませんでした。今後、どういう形で取りたいと考えていますか。
吉田:
僕はやっぱり日本が大好きなので、国内のマラソンでMGC出場権を取っていきたい気持ちはあるんですが、海外マラソンの可能性もコーチと話しています。ロサンゼルス五輪を戦うことを考えた場合、海外のレースに慣れることも必要ですから。

――マラソンを一度走ってみて、今後目指すことができるタイムは、どれくらいだと感じるようになりましたか。
吉田:
正直まだ2時間1分台、2分台はイメージできないのですが、2時間3分台は明確にイメージができています。マラソンを走って、より明確になりました。出したいという希望ではなく、出せると僕たちは思っています。

――マラソンは難しい、とまでは思わなかった?
吉田:
それはあります。あれだけ最後に苦しんで、ペースダウンして。でもそれ以上に、もっと上のステージで戦える可能性を感じ取ることができました。難しいとは思いましたが、それ以上にマラソンや長距離って、本当に良いスポーツだということも感じました。沿道からたくさんの方に温かいご声援をいただきました。37km以降は頭の中は真っ白で、視界は真っ暗で、走りも左右に揺れてしまって、大勢の選手に抜かされて、やめてしまおうかと考えた時もあったんです。それでも一緒に走った選手たちから声を掛けていただいて、それも1人や2人じゃなくて、6人、7人といった人から「響、頑張れ」、「付いて来い」って声を掛けていただきました。あんな勝手に飛び出して自滅した奴に、37km過ぎのキツいところで温かい声をかけてくれることがあるんだって、本当に感動しました。

――マラソンとは何だった、でしょうか。
吉田:
本当に“助け合い”だな、と感じました。マラソンはすごく過酷です。他の選手からも力をもらって今回最後まで走れましたし、大会運営の方、ボランティアの方、給水の係の方、先導の方たちが走りやすい環境を整えてくれて、初めて走ることができる。そこにスポンサー企業さんや自治体の方たちも密に関わっていて、本当に色々な方の支えがあって自分たち選手は競技をすることができています。それを改めて、今回の大阪マラソンで実感しました。そういった人たちのためにも、結果で返したい思いが強くなりました。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)