負ける側に心を寄せて

(詩人 小池昌代さん)
「私が今まで読み飛ばしてきた詩の筆頭に、『グレンデルの母親は』という作品があります。これは永瀬さんの最初の詩集の冒頭近くに置かれた、非常に重要な詩です。
この詩は、古代英語の英雄叙事詩『ベオウルフ』を背景にしています。『ベオウルフ』は、英雄がグレンデルという怪物を退治する物語です。歴史を作っていくのは、いわば権力を持つ英雄の側です。
しかし、永瀬さんはなぜ、英雄ではなく、退治される怪物グレンデル、しかもその『母親』に心を寄せ、詩を書いたのでしょうか。
詩の中では、息子グレンデルの腕をもぎ取られた母親が、それを取り返しに来ます。そして、洞窟の奥に潜み、英雄と対峙するのです。
後年、永瀬さんは日本の古典芸能である『綱館』を観て、この詩を思い出したと書いています。平安時代の武将・渡辺綱が鬼(茨木童子)の片腕を切り落とし、その腕を鬼自身が老婆に化けて取り返しに来るという物語です。
永瀬さんは、若い頃から自分自身を、この『腕なき鬼』。つまり歴史の大きな声によって打ち負かされる側に重ねてきたのだと、改めて気づかれたのでしょう。そこには、女性であることによって様々に苦しみ、もがいたご自身の人生が重なっていたのだと想像します」














