ミラノ・コルティナオリンピック™のスピードスケート女子団体パシュートです。メンバーに選ばれている下諏訪町出身の野明花菜(のあけ・はな)選手、実は両親もスピードスケートの元オリンピック選手です。親子で叶えた夢の舞台、その軌跡を追いました。

下諏訪町出身で立教大学の野明花菜選手。団体パシュートとマススタートで、オリンピックの代表に初めて選ばれました。
リンクを6周、2400メートルで競う、団体パシュート。一糸乱れぬ隊列を組み、この種目を得意とする日本。2大会連続で、メダルを獲得しています。
野明花菜選手:「父と母が立った舞台なので、一度は立ってみたいなという思いはあったので、お父さんたちが見た景色が見られればいいなと思います」

実は両親も、スピードスケートでオリンピックに出場。野明家はオリンピックファミリーなんです。小学生から中学生時代に指導したのは母親の三枝さん。
長野大会などオリンピック2大会に出場した上原三枝(うえはら・みえ)選手です。

母・三枝さん:「頑固というか人に左右されないところがある、自分がこれをやるんだと決めたらやるタイプ」
高校までは500mを中心に短距離を専門にしていた野明選手。スタート後のスピードを突き詰めてきたことが、今回のメンバー入りに繋がったと三枝さんは考えています。
母・三枝さん:「日本の持ち味として髙木選手を生かしたい、そこを考えたうえで隊列のパターンがあるが、花菜の時は、髙木選手の初速を生かしたいということで魅力を感じてくれた」

高校は父が監督を務める岡谷南へ。父・弘幸(ひろゆき)さんも長野などオリンピック2大会に出場しています。

高校時代の野明選手。武器とするスピードを維持する練習を重ねていました。
高校時代の野明選手:「男子の先輩や、速い女子の先輩の後ろについて、スピードの感覚をつけて自分が慣れていかないといけないので」
先月29日。岡谷市のスケート場には地元の子どもたちを指導する弘幸さんの姿がありました。

父・弘幸さん:「本人が一番目標にしていたところだと思いますので、本当に良かったなと思いました。(それはコーチとして?父としての気持ち?)両方あったと思いますけど、多分父としての気持ちの方が強かったなと思います」
弘幸さんは野明選手が大学に進学してからも、指導を続けています。
父・弘幸さん:「本人が考える時間も大切だと思いますし、助けになるようなヒントが出せればいいのかなと思って話をしている。4年に1回の大会なので、レースの時も違った雰囲気ですし、本人が感じてくれれば」

母・三枝さんは、ひとり暮らしをしながら、競技に真剣に向き合う娘の姿に成長を感じたといいます。

母・三枝さん:「ご飯の量とかも倍近くなった。かなり食べるようになって、選手として成熟してきていることを感じました」
日本時間の15日に行われた団体パシュートの準々決勝。野明選手は控えにまわりましたが、日本は2位で準決勝に進出しました。
野明花菜選手:「きょう見た先輩たちの姿もしっかり忘れずに、いま自分に何ができるかを考えていければいいかなという風に思います」
父と母に続きオリンピックの舞台へ。17日深夜~18日未明に行われる予定の準決勝と決勝での出番を待ちます。














