年頃の息子に気を遣う、それが後悔に
子どもたちのために、苦しい生活にも関わらずビデオカメラを買うなど。子どもの成長を生きがいにしていた両親でした。文化祭の日も、息子の姿を見に行こうと準備していたものの、行くことをためらったといいます。
そのことが、大きな後悔につながったと振り返ります。
(孝和さんの母親)
「私は、親が来るのを恥ずかしがる年頃だったので、少し距離を置いてみようと文化祭を見に行かなかったんですね。このことが、自分を責める材料となりました。その文化祭がきっかけだったんですね」
「だから私、やっぱりあのとき行っていれば『何かができたかもしれない、何かが変わったかもしれない』と思って、今でも自分を責めています」
そして文化祭の日、孝和さんは、学校を訪れた他校の少年6人にいわれのない因縁を付けられます。
文化祭の片付けをしていた孝和さんに、少年らは「〇〇は知らんか?」と威圧的に聞いたといいます。
教室では、催しのカラオケが行われていたため、
すると「返事が悪い」と怒り出し、少年は孝和さんの襟首をつかみ、殴る真似などをしますが、一旦その場を立ち去りました。
孝和さんは学校から帰ろうとしたところ、門を出たところで少年6人が待ち伏せをして
孝和さんは、一緒にいた友人と逃げるも、少年らに追いかけられます。孝和さんはそんな相手に関わりたくないとの思いから、少年らに対し必死に謝りますが、少年たちは孝和さんを取り囲み、このうち1人の少年(16)が殴る蹴るの暴行を加えます。
けがをした孝和さんは、入院し治療を受けましたが、事件から12日後、左後頭部の内出血で亡くなりました。
一緒に逃げた友人は当初、孝和さんのけがについて「自転車でこけた」と証言していたといいます。それは、暴行を加えた少年らの仕返しが怖かったためでした。














