事件当日、文化祭の日

そして文化祭の日、孝和さんは、学校を訪れた他校の少年6人にいわれのない因縁を付けられます。
文化祭の片付けをしていた孝和さんに、少年らは「〇〇は知らんか?」と威圧的に聞いたといいます。
教室では、催しのカラオケが行われていたため、
すると「返事が悪い」と怒り出し、少年は孝和さんの襟首をつかみ、殴る真似などをしますが、一旦その場を立ち去りました。
孝和さんは学校から帰ろうとしたところ、門を出たところで少年6人が待ち伏せをして
孝和さんは、一緒にいた友人と逃げるも、少年らに追いかけられます。孝和さんはそんな相手に関わりたくないとの思いから、少年らに対し必死に謝りますが、少年たちは孝和さんを取り囲み、このうち1人の少年(16)が殴る蹴るの暴行を加えます。
けがをした孝和さんは、入院し治療を受けましたが、事件から12日後、左後頭部の内出血で亡くなりました。
一緒に逃げた友人は当初、孝和さんのけがについて「自転車でこけた」と証言していたといいます。それは、暴行を加えた少年らの仕返しが怖かったためでした。














