年明けを飾る大相撲初場所(東京・国技館)は、新大関・安青錦が12勝3敗での優勝決定戦の末、前頭4枚目の熱海富士を破り、2場所連続2度目の賜杯を抱いた。新大関の優勝は2006年夏場所の白鵬以来、20年ぶり。新関脇、新大関の連続優勝は1937年春場所の双葉山以来、89年ぶりの快挙だった。ウクライナ出身の21歳を軸に新しい年の角界は動き出した。

千秋楽の1月25日。大入り満員の表彰式で土俵下インタビューに答える安青錦は、清々しく心境を語った。「今場所は(大関になり)立場が違ったので、今まで味わったことのない緊張感もありました。その中で皆さんの前で優勝出来て良かった」。大相撲の殿堂である国技館で優勝したことについては、「入門前に(ここで)一度優勝出来たらいいな、と思っていたので、こんなに早くそれが来るとは思っていなかった」と話すと、館内から大きな拍手が巻き起こった。

先に熱海富士が3敗を守った後の大関対決。琴桜戦は完勝だった。踏み込んで得意の低い体勢から右を差すと、左はおっつけて前に攻め込む。一回り大きい琴桜に左上手を引かれたが、緩まない。相手を正面に置いて、回り込みも、投げも許さず、攻め切った。

持ち味を生かした本割と違って、優勝決定戦は足腰と勝負勘の良さに救われた逆転劇だった。今度も低く当たり、右四つになったが、195㎏の巨体をフルに使った熱海富士の寄りに頭が上がり、胸が合いそうな状態に追い込まれた。だが、そこから思い切りの良い左からの首投げが豪快に決まる。起死回生の大技で幕内最重量力士を裏返しにした。

この日の朝、師匠(元関脇・安美錦)からは「本割に集中しろ」と言われたという。そこには前日の14日目の大の里戦の完敗があったと思う。2敗で優勝争いの単独首位にいたが、横綱の右ののど輪で起こされ、吹っ飛ばされた。左肩の負傷もあり、休場危機まで囁かれていた大の里相手にそこまで勝負にならないとは、多くのファンが驚かされた。

だが、この敗戦は実は大の里の馬力に一蹴されたというよりも、安青錦自らのミスが生んだ「墓穴」と言ってよい。これまでほとんど見たことがないが、安青錦が立ち合いに左へ動いた。結果的に4連敗した相手に苦手意識もあったのだろう。普段と違う戦法を選んだ。ところが、そこで頭が動いた先にちょうど大の里の右手が伸びてきて喉元に入った。あとは防戦一方。立ち合いの変化という奇襲は、はまれば勝機が広がるが、ミスになった時はほぼ完敗するものだ。

そんな勝負の裏と表を本人も改めて思い知ったのだと思う。いつもは負けても記者の質問に丁寧に答える安青錦が、この日ばかりは無言の場面が続き、「あと1日。切り替えて、しっかり力を出せるようにする」と自らに言い聞かせるようにコメントを絞り出した。そして翌日はその言葉通り、自分のスタイルを取り戻した。「負けて覚える相撲かな」である。

初場所はまさに最近の角界事情を如実に表す結果となった。絶対的に強い力士がいない。両横綱がケガの不安を抱えたままの土俵だったことはあるが、中日8日目は天皇、皇后両陛下と愛子様をお迎えしながら、天覧相撲では初という横綱、大関陣総崩れ。最終的にともに10勝5敗に終わった豊昇龍、大の里の両横綱とも金星を3個ずつ配給し、大の里は昇進後初となる3連敗も記録。14日目を終えた時点で、平幕3力士を含む6人に優勝の可能性が残る大混戦だった。結果的に首位に並んでいた安青錦と熱海富士が千秋楽に勝って優勝ラインは12勝になった。しかし、もしも、2人が本割で敗れた場合には同じ決定戦でも、横綱、大関陣が全員最後まで出場しながら、優勝成績が11勝という15日制では歴代最少タイの低レベルになるところだった。

上位陣がボロボロと敗れる展開ではあったが、その中で初めて協会の看板を背負う立場になった安青錦の安定感は他を圧倒していた。師匠によると、眠れない日も、食欲が落ちた日もあったという。それでも、最後には相手だけではなく、自らの心の中にある重圧にも打ち勝った。その気持ちの強さは、常に自分1人ではなく、師匠、付け人、家族、後援者を含めて、多くの人の思いを自らの力に変えて土俵に上がるところから生まれていると思う。今場所も終盤から締め込み(まわし)をこれまでの「青」から師匠の現役時代の「黒」に変え、使っていた。純粋な安青錦の周囲には、いつも温かい家族的な後押しがある。

綱とりに挑む3月の春場所(エディオンアリーナ大阪)。3連覇となれば、当時6連覇した2014年夏場所から15年春場所の白鵬以来となる。89年前の双葉山は5連覇まで記録を伸ばしているが、当時は「不滅」と言われる69連勝の最中で優勝は全て全勝。「相撲の神様」と称された双葉山と記録が重なることには「足元にも及ばないが、嬉しい」と表情が緩んだ。

安青錦が角界の主役になっていることが、はっきりわかるシーンがあった。千秋楽本割のあと、決定戦に向けて番付上位者として西から東へ支度部屋を移った新大関が、大いちょうを直していた時だ。そこに花道を下がってきた豊昇龍が彼を見つけて睨みつけた。横綱はその表情を崩さないまま、風呂場に行った。その直後、今度は着替えを終えた琴桜が帰路に就いた。大関は逆に本割で敗れた相手を全く視線の中に入れないように正面を見据え、無言のまま支度部屋を出ていった。タイプが違うとはいえ、横綱は対安青錦戦初顔から本割4連敗、決定戦を含めると5連敗。琴桜も4連敗中。この2人を始め、春場所以降は、急激に成長を続ける安青錦に対し、各力士たちが悔しさをバネに全力でぶつかってくるに違いない。

31度の優勝を誇り、「小さな大横綱」と言われた千代の富士を兄弟子に持つ元横綱・北勝海の八角理事長は、大柄ではない安青錦を隣で見ていた偉大な兄弟子と重ねて見ている様がある。決定戦での2連覇を見終えて「立派」と褒めた後に来場所に向けては、「自分の相撲を取り切ろうとしているから、今のままでいいんじゃあないか。横綱2人がいるから、そんなに甘くはないと思うけど、期待しています」と話した。

重圧を跳ねのけ、大の里戦では「授業料」も払って収穫を手にした新大関。夢の横綱昇進へ。大きな期待を背負って「春」を迎える。

(竹園隆浩/スポーツライター)