故郷・能登への恩返しと「能登の殿様」
世界を舞台に活躍する一方で、畠山一清の心には常に故郷への熱い想いが灯っていました。彼は生涯を通じて、生まれ育った石川県、特に自身のルーツである能登への支援を惜しみませんでした。
先祖は、能登国の守護で七尾城主だった畠山家の分家にあたり、旧・内浦町にある松波城主、能登畠山氏の流れを受け継いでいます。
MROライブラリーには、昭和34(1959)年10月、畠山一清が七尾城まつりでかごに揺られて城山にのぼり、上杉謙信に滅ぼされた先祖を偲ぶ神事に参加、玉串をささげる映像が残されています。
昭和35(1960)年3月にも能登を訪れました。畠山一清を迎える町の人々は、畠山家の家紋である「〇に二」と描かれた旗をもって「能登の殿様」の凱旋を歓迎しています。














