戦争とは「むごたらしくて、むなしいもの」 “最後の語り部”の言葉
戦争についての思いを問われると、上野さんはこう語った。
「むごたらしくて、むなしいものです。一番苦しんだのは町の人、国民です」
「戦争はやらないでください。平和ボケでいい。80年間戦争をしなかったから、日本はここまで来たんです」
静かな口ぶりだったが、その言葉の一つひとつは、確かに今へとつながっていた。
【第1話】16歳の“子ども”が一人で空へ…97歳の元少年飛行兵が語る「死への覚悟」“最後の語り部”の記憶
【第2話】「飛び立ったら、もう帰れない」16歳の少年はなぜ特攻を“熱望”したのか 紙一枚で迫られた選択と“最後の語り部”明かす死への覚悟
【上野辰熊さんプロフィール】
上野 辰熊(うえの たつくま)さん 97歳
1928(昭和3)年3月、山口県生まれ。
1943(昭和18)年10月、陸軍少年飛行兵として大刀洗陸軍飛行学校に入校、基礎訓練。
1944(昭和19)年4月、正式に任官し、京城教育隊へ配属。「赤トンボ」による飛行訓練。
1944(昭和19)年8月、九九式襲撃機の搭乗員となり、訓練や特攻機輸送などに従事する。
1945(昭和20)5月、鹿児島県の万世飛行場で沖縄航空作戦中の飛行第66戦隊に転属。
沖縄戦が終結したため、7月に大刀洗北飛行場へ転属。 8月、終戦を迎える。
終戦後、部隊は解散し、山口県の叔父の家で生活を送る。
現在は、飛行第六十六戦隊会連絡事務局長、万世特攻慰霊碑奉賛会(万世特攻平和祈念館・鹿児島県南さつま市)常任理事、陸軍少飛平和祈念の会 会長を務める
写真:帰還者たちの記憶ミュージアム 所蔵
今江大地(STARTO ENTERTAINMENT)が特攻隊員を演じる舞台「パイロット」。特攻隊員の目線で平和をテーマに、大戦中と現代の日本を表す。2月18日(水)から24日(火)まで、東京「赤坂 RED/THEATER」で。














