屋久島環境文化財団の理事長で屋久島、奄美・徳之島の世界自然遺産登録に尽力した小野寺浩さんが、きのう19日亡くなりました。79歳でした。

(小野寺さん)「日本が一番最初に日本を代表する自然として屋久島を選んだことの意味は相当大きいと思う」

小野寺さんは札幌市生まれです。大学を卒業後、1973年、当時の環境庁に入り、1990年に鹿児島県に出向。人間と自然が共生する屋久島を目指す「屋久島環境文化村構想」をけん引し、日本初となる、屋久島の世界自然遺産登録に尽力しました。

環境省を退官後、2007年には鹿児島大学の学長補佐に就任。当時、国立公園にも指定されていなかった奄美地域の世界自然遺産登録に向けた機運を盛り上げようと、地元でのシンポジウムや出版活動などを続けました。そして…。

(小野寺さん)「鹿児島は2つの自然遺産を持っている。ものすごい可能性がある。同じ県だから比較もできるし、力を合わせることもできる。これからどうやって連携していくか。こんな県はここだけ」

2014年には「屋久島環境文化財団」の理事長に就任。おととし脳梗塞で入院後、療養中でしたが、19日亡くなりました。79歳でした。

国立公園のレンジャーとしてスタートした小野寺さんの視点は、常に現場にありました。学術的に貴重だからといって保護に偏るのではなく、その地域の人たちの生活や産業とどう調和していくのか…。生み出した理念が「共生と循環」です。

2009年に小野寺さんが中心になってまとめた「鹿児島環境学宣言」です。「私たちは精緻な批評であるよりは、例え小さくても具体的な提案を目指す。世界と未来に向けて確かなものを提案するために、ここ鹿児島で足元を見つめ直すことから始める」

小野寺さんの通夜・葬儀は近親者のみで行うということです。