6年かけて勝ち取った難民認定が一転…「登ってきた山を転がり落ちた」
国は控訴した。当初、国の主張は1審とほぼ変わらなかった。
ところが、名古屋高裁で審理が続いていた2024年12月、アサド大統領が亡命し反体制派による暫定政権が発足した。国は「アサド政権崩壊によって、少なくとも現時点において、難民と認められないことは明らか」と主張を追加した。

2025年9月、吉田彩裁判長は難民不認定処分の取り消しについては国の控訴を棄却、1審同様に「モハメドさんは難民である」と認めた。
だが、ここで問題が起きた。高裁は、難民の義務付けについては一審判決を覆したのだ。
「アサド政権崩壊を受けて、ヨーロッパではシリア難民の受け入れの審査を一時的に停止する動きが相次いでおり、難民の帰還も進んでいる。控訴審の口頭弁論が終結した2025年5月時点では、難民認定すべきことが行政庁(入管当局)にとって明白かつ当然とは言えない」と情勢の変化を理由にした。
これによって、6年余りかけてモハメドさんが勝ち取った難民認定は宙に浮く形となった。
そもそも入管段階の審査で難民であると正しい判断がなされていれば、裁判を起こす必要はなかった。さらに1審で負けた国は控訴したものの、難民性については高裁も認めない主張しかできなかった。ただの引き延ばしとしか言いようがない。モハメドさんはもっと早く保護できたし、すべきだったのだ。
モハメドさんは語る。
「長い時間をかけて山を登ってきたのに、転がり落ちてしまったような気持ち。いまのシリア暫定政権は過激な組織で、かつて私は迫害を受けた。(この政権に対する)難民認定をもう1度最初から、6年かけて求めろと言うのでしょうか…」

















