「もしもあの時…」奇跡的に生き残った長崎の街並みへの評価

今回の選出では「長崎原爆」について、独自の視点でとらえています。
1945年8月9日、原爆投下時の視界不良などにより、第一目標の「小倉」、さらに第二目標だった長崎の原爆投下目標地点(市街地)からも外れ、カトリックの聖地である浦上地区に落とされた原子爆弾。
目標を外れた長崎の原爆は、都市部ではなかったこと、山に囲まれた地形の中に投下されたことなどから被害が軽減されたとされています。
NYタイムズはこの「紙一重の差」について、
『一種の「スライディング・ドア(もしもあの時……)」のような超現実的な感覚を与えている。本来ならすべて消え去っていたはずのものが、どういうわけか生き残った』と記しています。
原爆という重い歴史と、それを免れた街並み、さらに駅前で進む再開発のエネルギーが重なり合う長崎の息づかい。
核拡散の脅威や暴力による支配が広がる今、長崎は単なる観光地の枠を超え、訪れる多くの人々の心に、平和への祈りと「生き続ける強さ」を訴えかける都市として評価されています。














