田村芽実さんは「死にそうになることを体験すると、どうしても生きたくて、這うようにしてやっとの思いで病院に行きました。『パニック障害です』聞いた時は、『ですよねぇー!』という感じで、自分のこれは、私自身ではなく、症状によるものだ。と言ってもらえたことで、まず救われました。」と、投稿。
続けて「ここから、私の3年以上に及ぶ闘病生活が始まりました。」「潮が満ちてくる(発作が起きる)と、まず思う感情は、『死ぬかもしれない』です。」「これは、パニック発作を持ってる人特有で、パニック発作で死ぬことはないのだが、なぜか、死ぬぅ!って思うんだよなあ、これ不思議、ほんっときらいこれ!」「なので、そういうことが起きそうな場所は自然と避けるようになっていきました。」と、記しました。
そして「特に、私は閉鎖空間。」「睡眠時間が減ると自律神経も乱れるので仕事もセーブしながら。」「あ、閉鎖空間というのは、エレベーターとか、あとは、電車とか(特に満員電車とか特急)」と、綴りました。
田村芽実さんは「初めの方は、近くのコンビニに行くのでもやっと。電車も最寄りから隣の駅に行くのもできなくなってしまった。当たり前のことが出来なくなるってほんっとつらい!」と、投稿。
続けて「電車に乗れば10分で着くところを、バスや(私の場合バスは平気でした)徒歩を使って2時間かけて目的地まで行ったり、タクシーを使う。そんなにお金ないのに。メーターがどんどん上がっていって、自分のお財布の中をチラチラ見ながら憂鬱になることもしばしばありました。」「あ、タクシーでもトンネルに入って渋滞に巻き込まれようもんならもう、ジエンドなので、ずっとGoogleマップ見て、無理そうならまた違うルート使ったりね。」と、記しました。
そして「もう、ほんっっとに苦しい毎日。当たり前のことが当たり前に出来ないから、友達も減りました。だって会う約束したって、その約束の時間に約束の場所に辿り着ける自信ないから、会えないし。タクシーばかり使ってしまうので、お金もどんどん減ってしまって、そのために働くみたいな感じ。自然と私は外出をすることを諦めていきました。」と、綴りました。
田村芽実さんは「仕事の時は、マネージャーさんが送迎をしてくれたり、それこそ病院にまで着いてきてくれたり、とてもあったかかったので、楽しくできてました。(怖い時もあったけど)」と、振り返っています。
最後に、田村芽実さんは「そんな感じでひとまずここまで」と、投稿を締めくくっています。
【 田村芽実さん プロフィール 】
10月30日生まれ、群馬県出身
2011年、ハロー!プロジェクト、スマイレージ(14年、アンジュルムに改名)としてデビュー。高い歌唱力と表現力で、グループの中核を担うメンバーとして活動。
2016年、同グループを卒業。
ミュージカル、ストレートプレイ、時代劇など様々なジャンルの舞台に出演。2018年にはソロアーティストとしてビクターエンタテインメントよりメジャーデビュー。女優・歌手として精力的に活動している。
【担当:芸能情報ステーション】














