米ピクサー映画が日本のアニメに負ける理由
この『鬼滅の刃』の成功と対照的なのが、ピクサー・アニメーション・スタジオの苦戦です。ディズニー傘下のピクサーは『トイ・ストーリー』『ファインディング・ニモ』など数々の名作を生み出してきましたが、最近のオリジナル作品は苦戦が続いています。
直近の新作『星つなぎのエリオ』は制作費1億5000万ドル(約220億円)をかけたにもかかわらず、北米オープニング興収は2100万ドル、世界興収も3500万ドル(約50億円)にとどまり、ピクサー30年の歴史で最低のオープニング興収を記録する大失敗となりました。
これは単なる偶然ではなく、構造的な問題です。ピクサー作品は映画公開によって初めて観客の目に触れます。つまり、公開前には作品のファンは存在しません。一方、『鬼滅の刃』は少年ジャンプでのマンガ連載からスタートし、単行本、テレビアニメ、そしてNetflixやクランチロールでのグローバル配信を経て、少しずつファン層を広げてきました。
この「少しずつファンダムを広げる」アプローチは、「一発勝負」のピクサー・ディズニーモデルより安定性が高いです。実際、『鬼滅の刃』の映画製作費は約30億円と言われており、ハリウッド大作アニメと比較して圧倒的に低コストです。既存ファンを基盤とするためマーケティング費用も抑えられ、リスクを最小化しながら最大の効果を得られる仕組みになっています。
さらに、アニメ映画体験そのものが「ライブイベント化」している点も重要です。音楽ファンがSpotifyでいつでも音楽を聴けるにもかかわらず、ライブに足を運ぶのと同じように、アニメファンはストリーミングでいつでもアニメを観られるにもかかわらず、映画館という共有体験の場に集まります。
日本では「何回観ました」とSNSに投稿すると「いいね」が多数つき、アメリカでも同様に「take five(5回観ました)」といった投稿が人気を集めます。これは単なる映画鑑賞ではなく、ファン同士がつながりを感じる社会的体験になっているのです。
また、日本のアニメ作品は多くの場合、国籍や人種を強調せず、ファンタジーの世界観を構築しています。『鬼滅の刃』も時代設定こそ日本的ですが、「敵」である鬼にも共感できる複雑な背景が描かれており、単純な勧善懲悪を超えたストーリー構造を持ちます。この「対立を超えた」要素が、分断が進む現代社会において、異なる背景を持つファン同士をつなぐ共通言語となっています。
日本文化の伝統と最新技術の融合がもたらす競争力
『鬼滅の刃』の世界的成功の本質は、日本文化の伝統的表現と最新のコンピューターグラフィックス技術を融合させ、IP(知的財産)事業としてのビジネスの幅を広げた点にあります。
2Dの記号的キャラクター表現という日本の伝統的アニメの強みを活かしつつ、3DCGの最先端技術を取り入れることで、グッズ展開や高単価のプレミアム上映など、多様な収益源を確保しています。そして何より、じっくりとファン層を育てる長期的な戦略が、ハリウッドの一発勝負型モデルより強い競争力を生み出しています。
日本のコンテンツ産業は、もはやニッチな領域ではなく、自動車に次ぐ国の基幹産業へと成長しています。その中心にある日本アニメの強さは、単なるブームや偶然ではなく、文化的背景と最新技術の融合、そして長期的なファン育成という確固たるビジネス戦略に支えられているのです。
<コムギコ:資本主義をハックしろ!!>
毎日ニュースを100本を読むビジネス系VTuber兼リサーチャー・編集者のコムギ(comugi)が、日々の経済にまつわるニュースを解説するビデオポッドキャスト。本記事は2025年10月1日配信『【ビジネス深掘り】米ピクサーが日本アニメに負ける理由。なぜ世界で『鬼滅の刃』映画が大ヒットしたのか?』から抜粋してまとめたものです。














