「ブレインフォグ」と呼ばれる症状をご存じでしょうか。コロナ禍の「最後の課題」といわれるコロナ後遺症の一つで、頭に霧がかかったようになり、思考力が低下する症状です。この「ブレインフォグ」の治療の糸口となる研究結果が発表されました。

横浜市にあるクリニック。ここでは、コロナ後遺症の患者の診察を行っています。

横浜かんだいじファミリークリニック 河野真二 院長
「当初と比べれば疲労感の出現も減ったし、ブレインフォグの症状もだいぶ減って、前の症状が10だとして、今はどのくらいですか」
ブレインフォグを患う男性
「4とか」
横浜かんだいじファミリークリニック 河野真二 院長
「やっぱり完全には抜けないですよね」

この日、訪れた男性(40代)は「ブレインフォグ」と呼ばれる症状に悩まされています。

ブレインフォグを患う男性
「一夜にして30歳老けたみたいな感覚。頭が働かない。覚えていられない。本が読めない。だるくて動きたくない」

「ブレインフォグ」は頭に霧がかかったように思考力が低下する症状で、コロナ後遺症の一つです。この男性は4年前にコロナに感染したあと、「ブレインフォグ」の症状で仕事が続けられなくなったといいます。

頭に電磁波を当てて脳の血流を改善する治療など、いくつもの治療を受けてきましたが、症状は今も続いています。

ブレインフォグを患う男性
「ここ1年ぐらいは症状が固定してしまっているので、次に打つべき具体的な一手は特にない。すべては対症療法だし、停滞しているのが現状だし、歯がゆいし、つらいところ」

後遺症の診察に当たってきた医師は「『ブレインフォグ』の症状は周囲に理解されにくい」と指摘します。

横浜かんだいじファミリークリニック 河野真二 院長
「(患者は)『わがままじゃないか』と言われたり。なぜなら見た目も普通だし、ブレインフォグは見えないので、『何とぼけているの』という話になったとか。(コロナ後遺症に対する)確固たるエビデンスがある薬はなかったわけですよ。いわゆる対症療法ですよね。根本治療はなかったので」

「ブレインフォグ」が起こるメカニズムは、今もわかっていません。診断法も治療法も確立していません。

WHOは、コロナ感染者のおよそ6%に後遺症の症状が出るとしていますが、患者の正確な数はわかっていません。

「ブレインフォグ」をはじめとするコロナ後遺症の克服がコロナ禍の「最後の課題」と言われるゆえんです。

男性は2年前、「ブレインフォグ」が起こるメカニズムを解明する臨床研究に参加していました。研究を行ったのは、横浜市立大学。そして、今月2日、治療の糸口を掴むことになる研究成果が明らかとなりました。

研究チームを指揮した高橋教授です。高橋教授ら研究チームは「ブレインフォグ」の症状を訴えるコロナ後遺症の患者30人の脳内を「PET検査CT」を使って分析しました。

その結果、脳内の「あるタンパク質」の密度が健康な人と比べて高いことがわかったのです。

横浜市立大学医学部 高橋琢哉 教授
「赤色にところに『AMPA受容体』がいっぱいある。左側が健常者の画像で、右側が『ブレインフォグ』の患者の画像。健常者と比べると、明らかに高い症例が多い」

これは、健康な人の脳を特殊なCTで撮影した画像です。色がついているのが「AMPA受容体」を示しています。一方、こちらは、コロナ後遺症の患者の脳の画像。30人の患者いずれも、健康な人と比べて「AMPA受容体」の密度が高いことがわかります。これは一体、何を意味しているのでしょうか。

人の脳には60億個以上の神経細胞があり、「シナプス」と呼ばれる“つなぎめ”を「神経伝達物質」が通過することで情報伝達を行っています。「AMPA受容体」は「神経伝達物質」を受け取る重要な役割を果たすタンパク質です。研究チームは「AMPA受容体」の密度が高くなったことで脳内の情報伝達がうまくいかず、「ブレインフォグ」の症状が出ているとみています。

横浜市立大学の研究チーム
「こういった疾患というのはなかったので、単純に驚きが強かった。これは『治療につなげて行きやすい』と感じた」

「AMPA受容体」の働きを抑えることができれば、「ブレインフォグ」の症状が収まる可能性があります。「AMPA受容体」の働きを抑える薬は別の疾患の治療薬としてすでにあり、研究チームでは今後、その薬を使った臨床試験を行う予定です。

「ブレインフォグ」に苦しみ続けている男性。自身が参加した今回の研究結果に、驚きを隠せません。

ブレインフォグを患う男性
「病気の輪郭を形づけられることができる研究成果だと思うので。今まで未知の病気で、未知の後遺症というフワっとしていたものが一気にピントが合ってくる。今回こういう結果が出たのは本当にうれしいですね」

横浜市立大学の研究チーム
「『気のせい』として処理されてしまうような疾患を気のせいにさせない。困っている人たちを客観的に疾患であると言ってあげられるような結果につなげていきたいと考えていた。(今回の研究で)疾患だと証明できたことは非常に重要な知見、第一歩であると感じています」

横浜市立大学医学部 高橋琢哉 教授
「(薬を使った臨床試験は)まずは安全性、投薬したときに安全かどうか。同時に症状の改善があるかどうかをみられるので。臨床試験をしっかりやって、世の中に治療薬として出したい。『ブレインフォグ』で苦しんでいる患者さんに、大きな福音になるのではないか」

コロナ禍が始まって5年あまり。「最後の課題」コロナ後遺症を克服する日は、近いかもしれません。