歩型を使い分けることで失格を回避

客観的には歩型(※)も勝木の課題だった。前述のように18年アジア大会でも、今年の日本選手権20km競歩でも、警告を3枚出されてペナルティゾーン入りを経験している。

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(※)競歩は審判が歩型を判定し、規程の歩型(両足が同時に地面から離れてはならない。また、踏み出した脚が地面についてから垂直になるまで、その脚は曲げてはならない)で歩いていない選手には注意がイエローパドルによって出される。注意されても直らない選手には警告が出る。3人の審判から警告が出るとペナルティゾーンで待機を命じられる(20km競歩は2分、35km競歩は3分30秒)。ペナルティゾーンを出てさらに1枚警告が出ると失格になる。注意や警告が出されると思い切った歩きができなくなるなど、勝負に影響することもある。
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歩型に関して勝木自身は、「良い状態を作れない時に警告が出て、今回は大丈夫と感じた時には出ていない」という。6月にマドリードの10km、ラコルーニャの20kmとスペインで2連戦した時も、マドリードでは警告が出ると予想して2枚出され、ラコルーニャは大丈夫と感じていて注意も出されなかった。良い状態さえ作れば問題ない、と考えていた。

薄底から厚底主流になったシューズ対応で苦労をする選手は多いが、勝木はそれがなかったという。「人と違うと思うんですが」と前置きした上で次のように説明した。

「(靴底に入っているをカーボンに上から力をかけて)しっかり潰す方がいい、とよく言われますが、僕の場合は思い切り潰すか、まったく潰さず少し流す歩き方をするか、どっちも(注意、警告を)出されないことがわかったんです。中途半端に潰すとしっかり反発がもらえて進みはするのですが、出されることがあります。ずっと同じ歩き方をするのが苦手なので、ところどころで歩きを変えながら歩きます。今日は潰さなくなった時に注意が出てしまったので、潰す方向にしつつ歩きました」

歩き方の引き出しを複数持ち、それを自身の状態や、審判の判定傾向によって使い分ける。この柔軟性も勝木のメダル獲得の要因だった。

連続メダルと、地元で先頭を歩くことにこだわった勝木

35km競歩の選手たちは2つの意味で、東京世界陸上を重要視していた。1つは連続メダルがかかっていたことで、勝木も報道陣の前に姿を現すと最初に、その点に言及した。

「金メダルを取りたかった気持ちと、最低限メダルを、という気持ちがありました。15年から続いてきた日本の競歩ロング種目の伝統だったので、銅メダルを取れてまずはホッとしています」

15年世界陸上北京の50km競歩で谷井孝行(現日本陸連競歩ディレクター)が、五輪を通じても日本競歩界初メダルとなる銅メダルを獲得した。続く17年ロンドン大会では荒井広宙が銀メダル、小林快も銅メダル。そして19年ドーハ大会では鈴木雄介が五輪を通じても初となる金メダルを獲得した。22年オレゴン大会は川野将虎(26、旭化成)が銀メダル、23年ブダペスト大会でも川野が銅メダルと、種目はオレゴンから35km競歩に変わったが、途切れずメダルを取り続けてきた。
 
もう1つはパリ五輪もそうだったが、28年のロサンゼルス五輪も35km競歩は実施されないことへの思いがあった。「僕ら競歩選手としては、ロサンゼルス五輪の競歩が20kmだけになってしまうので、東京という大都会でやる大きな大会で35km競歩を盛り上げて、競歩も面白いんだぞ、というところをお目にかけたかったんです」
 
そのために勝木は前半から、先頭に立ってレースを先導した。日本人選手が世界で勝負できる種目ということを、世間にしっかりアピールしたかった。

「東京開催は(社会的な)意味が全く違ってきます。他競技の世界選手権などは日本選手がしっかりと競技を盛り上げて、見ている人の気持ちが入るような試合にします。東京世界陸上の代表になると決意した時から、先頭を歩かないといけないな、と思っていました。年齢的にも僕が最年長になると思ったので、僕が先頭を歩いて競歩を盛り上げていこうと。本番でいきなりはできないので、昨年の全日本競歩高畠、今年の全日本競歩能美と先頭を歩くことをしながら、どうやって勝ちきるかを考えてこの1年間準備してきました」

中・長距離と競歩種目で先頭を走ったり歩いたりすることは、勝つための戦術として採用する選手はいる。だが、多少の不利となることがあるのも事実である。ここまでの意思を持って先頭を歩き続け、世界との勝負もやってのけた選手は高く評価されてしかるべきだ。

主役になれなかった男が、地元世界陸上という大舞台で堂々と主役を演じた。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)