日興証券新橋支店に「借名口座」

捜査は一度振り出しに戻ったが、粂原らは引き続き、新井議員本人・親族・政治団体名義の口座を地道に洗い直した。各証券会社に照会をかけ、該当があればその「取引履歴」を取り寄せる。その銀行口座をたどり、元帳を分析して入出金を徹底的に調べた。

その粘り強い作業が、ついに実を結ぶ。新井の資金が「日興証券」の新橋支店の口座に流れていることを突き止めたのだ。
しかし、その名義は「西田邦昭」。見知らぬ人物の口座に、新井の資金が流れている疑いが強まった。

「西田邦昭」とは何者なのかーー
新井と西田の関係は、新井がまだ大蔵省のエリート官僚だった時代にさかのぼる。厚生省へ出向していた新井と、同省の印刷物を受注していた西田の印刷会社との関わりが、二人を結びつけたとされる。西田にとっては「仕事を紹介してもらえるかも」という思惑、新井にとっては信頼できる“名義人”を得る機会となった。

国会答弁で新井は「(西田は)私が名前を借りた人物であり、30年来の友人だ」と述べ、西田名義の「借名口座」の存在を認めている。その「借名口座」を舞台に、日興証券は自己売買で得た利益を「西田名義」に付け替え、実質的に新井への利益供与を行っていたのである。

ここで捜査の焦点は二つに絞られた。

「『西田名義』の口座が新井の『借名口座』であると言えるのかどうか、つまり新井が西田という名前を使って、株取引をしてることの裏付け、要するに『新井に帰属する口座』であると認定できるのか。もう一つは新井から『日興証券』に対して『利益提供』を『要求』していたかどうかだった」(粂原検事・現弁護士)

粂原の方針は明確だった。「西田名義」の「借名口座」が新井に「帰属」するのかどうかーーこれは日興幹部から供述を得ることで、証拠収集は可能となる。
また新井が「日興証券」に利益を出すよう要求したかどうかーーこれも日興証券幹部や、新井が口座を開設していた他の証券会社幹部への取り調べにより、「新井の言動」や「株取引に対する考え方」「証券会社とのやりとり」などで解明が可能と考えた。

もちろん「証拠の王様」と呼ばれる真実の「供述」を引き出すことが何より重要である。そうだとしても、やはり供述の裏付けとなる「物的証拠」があれば、新井の口座であることを認定する「有力な武器」となる。

現場ではよく「ブツに聞け」とも言われるが、物的証拠が揃えば関係者への取り調べも、よりスムーズに運ぶからだ。

新井議員の「借名口座」があった日興証券新橋支店(当時)