「仕手筋」の浮上で立件断念

粂原はまず「ヴォーロ」について徹底的に解明を進めた。
その結果、新井は1996年春ごろ、同社名義で「新日本証券」に口座を開設し、「日経225オプション先物取引」といった高度な金融商品を繰り返し売買。約2,000万円の利益を得ていたことが判明した。

だが、粂原には疑念が残ったーー

「素人にこんな高度な取引ができるのか。証券会社が裏で利益を付け替えていたのではないか」

つまり、新日本証券が新井に便宜を図っていた可能性もあると睨んだ粂原は、さらに調べを進めた。

やがて、意外な事実が見えてきた。取引にはいわゆる「仕手筋」のTが関わっていたことが判明する。Tは東京・品川区の精密部品メーカーの経営者で、兜町では名の知れた相場師だった。
「仕手筋」とは、巨額の資金を投じて株価を意図的に操作し、売り抜ける相場師のことを指す。Tは、元副総理の渡辺美智雄に「新井の面倒を見てくれ」と頼まれ、新井の取引を一任されていたのだ。渡辺は大蔵大臣時代に新井を「政務秘書官」に抜擢していた。

そうした状況から最終的に、「新日本証券」から新井への「直接的な利益供与」を立証するには至らなかった。特捜部は、立件を断念せざるを得なかった。

東京地検特捜部 粂原研二検事(32期)