命を救った3000回の講演
皆さんは、岡山市在住の竹内昌彦さんをご存知でしょうか?生後間もなく右目を失明、さらには小学生のときに左目を失明し、これまで70年以上にわたって目の全く見えない人生を歩んできました。
そんな竹内さんのライフワークとも言えるのが「講演」です。これまで30年間で3000回近くの講演を行い、悩める多くの人たちを救ってきました。

小学生時代の壮絶ないじめ、青年期の大きな挫折、幼き長男の死...多くの苦難を乗り越えた竹内さんから紡ぎ出される言葉は、今を生きる人たちの心に響きます。
「死ななくてよかった」「その言葉で命を救われた」「生きる勇気をもらった」...竹内さんの言葉・人生をシリーズでお送りしていきます。
※今シリーズ「盲目の先生 最後の支援」
【第1話】「元気な子を授かったことが、どれだけ運のいいことか」
【第2話】「みんなの幸せの1%を、障害者のために分けて」
【第3話】「引きこもっていたが立ち直れた」
【第4話】「願いがあるとしたら、妻と子の顔を一度見たい」
【第5話】「一歩外に出て、生き甲斐を見つけて人生が変わった」
から続く。
※前回シリーズ「盲目の先生 命の授業」
【第1話】「自殺するな 逃げてもいいから 死なずに待て」
【第2話】「これまで3回死にたいと...でも生きててよかった」
【第3話】「いじめで死ぬくらいなら...大騒ぎして周りに訴えろ」
【第4話】「こんな子が生まれたことが不幸...踏切へ何度も行った」
【第5話】「人生は思うように行かない...でもそこで全力を尽くせ」
【第6話】「元気な体をもろたくせに、簡単に首を吊るやつが許せん」
【第7話】「幼い長男の死を境に...生き方が変わった」
【第8話】「自殺しようとした人が、生きてて良かったと思えるように」
【第9話】「本当は、目の見える人生を送りたかった。でも...
7歳で息子を亡くし...「あいつの代わりに生きるとしたら」
竹内さんの支援で完成した、キルギスの新しい視覚障害者の訓練学校。開校式のこの日、竹内さんは入所者とスタッフにある思いを伝えました【画像②】。

(竹内昌彦さん)
「私の人生で、2つ大きな不幸がありました。1つは『目が全く見えなかったこと』。もう1つは『長男が重い障害児であり、その子を7つで亡くしたこと』。
「一度も自分の足で歩けず、お父ちゃんともお母ちゃんとも言えませんでした。あの子はあんな体でも一生懸命生きようとしたんです」
語られたのは、7歳になる直前で亡くなった、長男の健吾さん【画像③】の話です。その話を切り出したのには、理由がありました。
