「左利き」が原因で結婚できなかった時代も?
今回は「左利き」を取り巻く環境の過去と現在について、取材をしました。
かつての日本における左利きを取り巻く環境について「日本左利き協会」の発起人である大路直哉さんに聞きました。
日本左利き協会の発起人 大路直哉さん
「かつては左利きっていうのは親の躾の問題だと捉えられていて、異常だとかそういうことよりも、躾がなってるか、なってないかという観点で左利きっていうものが槍玉に挙げられていました。
特にお見合いのときに、左利きの素振りを見せたりすると破談になったりすることもあったと伝えられてます。
また、今ではほとんどないと思うんですけど、拷問ともいえる左利きから右利きへの矯正の事例として、左手を使わせないようにテープとか包帯でグルグル巻きにしたりして、左手を使うのは良くないっていう刻印付けみたいな感じで捉えられていた部分もありました。
大体1970年代ぐらいまでは、こういった話題が多かったと、いろいろな資料や私の少年期の実体験から感じますね」
かつては左利きというだけで、ひどい扱いを受けていた人も少なくありません。
中には、無理やり右利きに矯正させられたことで、言語障害などの影響が出た人もいたそうです。
左利きの人だけ放課後に残って、右手で文字を書くための指導
大路さん自身も、幼少期に「左利き」ということで苦労したことがあったそうです。
日本左利き協会の発起人 大路直哉さん
「小学校に入学した直後の放課後に、数回、左利きの児童だけが集められて、右手で文字を書く指導っていうのがあったんです。
当時の光景を思い出すと、1年生の担任教師の多くがベテランの先生だったわけです。
とくに昭和1ケタ世代の人だったので、右利き社会ゆえに左利きを特別視した、ある意 味老婆心だったと思うんですよね」
近年では、このような矯正や左利きへの蔑視はなくなりつつありますが、まだまだ生活環境において左利きが不便さを感じることは多いです。
筆者自身も左利きで、小さい頃からいろいろと不便に感じることが多くありました。
とくに不便だったのが、書道の毛筆です。
字を書く時の筆の入れ方やトメ、ハネ、はらいなどが左手で書こうとすると、うまく筆を動かせず、かといって右手で書こうとすると利き手ではないので、うまく力を入れられず、きれいに書けなかったので習字の時間があまり好きではありませんでした。
他にも、ハサミやパソコンのマウス、スープをすくうレードルなども右手で使いやすいようにできているので左利きの自分にとって不便さを感じます。
また、食事の席では隣の人と肘が当たらないように、なるべくテーブルの「左端」を選ぶようにしていました。














