鈴木がマラソン練習で得た大きな一歩
鈴木亜由子が駅伝で失敗したのは、昨年のクイーンズ駅伝が初めてだった。「それまでは調子が上がらないなかでも駅伝に合わせて、チームに何かしら良い影響を作ってきました。区間14位は自分としてもショックでした。2区の小坂井(19・智絵)とそのことを直接話したことはないのですが、あの状況でタスキをもらったら、どんな気持ちだったんだろうと考えました」
それまでの鈴木が駅伝前に調子が上がらなかったのは純粋にケガの影響だった。だが昨年は、東京五輪の失敗(マラソン19位)が尾を引いていた。
「オリンピックのあと、気持ちをなかなか切り替えられなかったところで駅伝がありました。駅伝があったから前向きになれたところもあったのですが、上手く噛み合いませんでしたね。そうなると体の回復が追いついて来ません。体のつらさを必死で、気持ちでなんとかコントロールして練習していました」
そうした経緯もあり、クイーンズ駅伝後は実家に帰って休養した。当初は1か月の予定だったが2か月になった。「ケガで練習できなかったことはありましたが、今回のように2か月間練習しなかったことは初めてです」
今年の2月からチーム練習に合流し、4月からは毎月1レースに出場。順調とは言い切れなかったが、徐々に記録を上向かせ、7月には5000mを15分45秒35で走った。7月後半からは高地練習で有名な米国のボルダーでマラソン練習に入った。
当初は故障を怖れて消極性が出ていたが、8月に入って「ガラッと変わりました。脚が気になると言わなくなりました」と高橋監督。「今回はケガをしてもいいじゃない。そんなに練習を抜いて(セーブして)ばかりいたら、ベルリンで目標に届かないよと話しました」
鈴木は初マラソンが18年8月の北海道、2回目が19年9月のMGC(マラソン・グランドチャンピオンシップ。東京五輪代表3枠のうち2人が決定)、3回目が21年8月の東京五輪だった。全て夏のレースで記録的には望めない大会を走ってきたが、ベルリンは気象条件にも恵まれ、2時間21分台を目標に走ることができた。僅かに届かず2時間22分02秒で8位。
「練習通りでした。最後の調整段階で少し弱気の練習になってしまいました。鍛錬期から調整期をもう少しスムーズに進められたら、もう少しタイムもいけたと思います。しかしこういうレースは夏のマラソンでは経験できないので、今後世界を狙うために記録を縮めるために、今回の練習をベースにできます。そこは大きいですね」
ベルリンは鈴木にとって大きな一歩だったが、そこから2カ月で臨むクイーンズ駅伝は、1、3、5区の主要3区区間のどこかに起用されるだろう。「(走りたい区間も)ありますが、チームのために任された区間を走ります!」
鈴木の出場区間はチーム全体の底上げ状況や、廣中の爆発力をどの区間で生かすかによって変わってくる。














