部員は9人でスタートのなか浅井さんに「白羽の矢」
新チームは、2年生8人、1年生1人の9人でスタートすることに。3年生18人が引退したことで一気に部員は野球をする最低限の人数になった。
そんな中、学校が招へいしたのは、金沢高校や七尾市の鵬学園で監督を務めた浅井純哉さん(68)。金沢高校では1993年から2011年まで、鵬学園では2012年から2022年まで監督を務めた。金沢高校時代には春夏通じて11回甲子園出場を果たすなど、石川の高校野球界をリードする指導者として活躍してきた。

金沢龍谷・浅井純哉監督「能登の地震であったりとか、本当に自分が野球をやってきた中でいろんな人に助けられてきて最後にこういう話がきたときに、もう1回チャンスをもらえるならばやってみたいなっていうのが、そういう気持ちになりまして。本当にいくつもが重なって決めましたね」

鵬学園の監督退任後、浅井さんは再び金沢高校に戻り保健体育の授業を受け持つなどする傍ら、野球部でも選手にアドバイスをしていたが、2025年の年明けからオファーを受けるように。
オファーに動いたのは、指導者として切磋琢磨した遊学館高校の山本雅弘元監督だった。山本さんは現在、金沢龍谷のアドバイザーを務めている。

浅井さんは、7月下旬に金沢龍谷の監督就任を決断した。
金沢龍谷・浅井純哉監督「野球をやりたい子たちのなかに私を選んでくれたんなら、それはもう感謝をしていこうと。1・2年生9人のメンバーということもあってきっと大変な夏を迎えるだろうと、なら自分が少し力になってやれればいいなっていうふうに思って(金沢龍谷に)来ましたね」