■「マズい饅頭は売れない」 幻の「総合防衛費」構想

11月9日朝の総理官邸。自民党の小野寺安保調査会長は岸田総理との面会を急いでいた。党内で巻き起こる「ありえない、まやかしだ」などの厳しい声を、一刻も早く総理に伝える必要に迫られていたのだ。
自民党内で山場を迎えた、防衛力強化の財源=「防衛費」をめぐる議論。これまで、対GDP(国内総生産)で約1%とされてきた防衛費を、倍の2%に増やすべきというのが議論の柱になっている。焦点はその2%の中身だ。
NATO(北大西洋条約機構)での積み上げを参考に、従来の防衛費に、海上保安庁の予算など別の経費を加えて2%を目指そうとする考えがある一方、党内では国防族を中心に「水増しだ」と批判する声が上がっていた。こうした中で、前日、一部報道機関が「政府は従来の防衛費と、防衛に関するほかの予算を合算し、総合防衛費という新たな枠組みで2%を目指そうとしている」と報じたのだ。政府が国防族らの意見を事実上無視したことになり、怒りは収まる気配がなかった。総理に向き合った小野寺氏は、「防衛関係費を広く取るような報道がでているが、まずは防衛予算をしっかり積み上げてほしい」と直談判した。「総合防衛費」で押し切ろうとすれば、党内の議論が紛糾し容易に纏まらなくなることは想像できた。

小野寺氏は総理面会後の与党の会合でも「政府がコソコソやってはいけない。選挙で選ばれた国会議員の議論なしに、大枠をはめられていくことはあってはならない。我々は政府の追認機関ではない」と、改めて譲らない姿勢を示した。党側の強い反発にあった政府は、その日の午後の記者ブリーフで、「総合防衛費という言葉は絶対に使いません。研究開発や海保の予算はあくまで防衛予算を補完するものです」と異例の釈明に追い込まれる。「総合防衛費構想」が幻に終わった瞬間だった。
防衛省幹部
「饅頭で言うと防衛費はあんこだ。他の経費は皮。今回は頑張って餡のたくさん入った美味しい饅頭を作っていますと宣伝しているのに、皮ばかり厚い饅頭を売って誰が買うのか。同盟国のアメリカだって相手にしなくなるだろう」
一方、予算をめぐっては財務省と防衛省の綱引きも佳境を迎えつつある。防衛省は向こう5年の防衛費として「48兆円程度が必要」と見積もったが、これは現行計画のおよそ1,7倍。対する財務省は、歳出改革を努めるなどして30兆円台に抑制させる考えとみられている。防衛省の中堅幹部は「増額を抑えたい財務省による政治家への根回しが凄まじい。うちは根回しが足りていない」と焦りを隠さない。
防衛省幹部
「本来の目標は45兆円だが、どうにか40兆円台半ばまで近くまで持って行きたい。最大の焦点はここだ」
■アメリカの主力巡航ミサイル「トマホーク」、その導入の真の意味

佳境を迎えているのは防衛費増額をめぐる攻防だけではない。もう1つの注目が「反撃能力」の保有議論だ。「反撃能力」とは、敵のミサイルなどの迎撃だけではなく、自衛に限り敵国内にあるミサイル基地などを叩く能力のこと。「反撃能力」の保有は、日本は「盾」を持ち「矛」はアメリカに頼るという、戦後の安全保障体制の大きな転換点となる。
政府は、年末改定予定の「国家安全保障戦略」に、この「反撃能力の保有」を盛り込むよう調整を進めている。そうなると必要になるのが、射程1000キロ以上の長距離ミサイルだ。
防衛省は、陸上自衛隊の「12式地対艦誘導弾」の射程を伸ばすなど改良し、量産することを計画しているが、運用開始は早くても2026年になる見通し。その間の抑止力として、アメリカ軍の巡航ミサイル「トマホーク」の購入が検討されている。「トマホーク」は射程およそ1300キロ、1991年の湾岸戦争で投入されて以降、数々の実戦で用いられたアメリカ軍が誇る主力の精密誘導型の巡航ミサイル。海上自衛隊のイージス艦や潜水艦へも、発射装置の改修などで搭載可能だという。日本は過去にもアメリカ側に「トマホーク」購入を打診してきたが、周辺国を刺激するなどの理由から断られてきた。しかし今回、アメリカ側は売却に前向きだという。防衛省幹部は「自分の身は自分で守れというアメリカのメッセージだ」と解説する。
防衛省幹部
「昔は欲しくても売ってくれなかったんだが、それは日本に持たせない代わりにアメリカが守ってくれるということでもあった。トマホークをアメリカが売るというのは、自分で身を守りなさい、自分で撃ちなさいという意味。アメリカが日本の防衛から離れつつあることも意味してる」