80年前、日本への原爆投下直前にアメリカでは人類初の核実験が行われましたが、その時被ばくした住民が存在します。「忘れられた被ばく者」と呼ばれる人々が明かす、被害の証言です。
アメリカ西部ニューメキシコ州。
記者
「着きましたね。この場所で80年前、人類初の核実験が行われました」
1945年7月に行われた人類初の核実験「トリニティ実験」。ここで試されたプルトニウム型原爆は翌月、長崎に投下され多くの市民の命を奪いました。
現在、爆心地には石碑が設置されているほか、地面には爆発の熱で砂が溶けて固まった「トリニタイト」という人工鉱物が散乱し、実験の事実を物語っています。当時13歳だったルーシー・ガーウッドさん(93)。
ルーシー・ガーウッドさん
「大きな音と揺れで目が覚めました。家が震えているようでした」
当時、爆心地からおよそ80キロ圏内には1万3000人ほどが暮らしていました。
しかし、軍から事前の説明はなく、実験後も「弾薬庫の爆発」と発表。子どもたちは用水路で遊ぶなど、通常通りの生活を続け、ルーシーさんを含む多くの人が被ばくしました。
ルーシー・ガーウッドさん
「(家族の)3人を除いて全員ががんを発症しました」
周辺地域ではがんを発症する人が増えましたが、実験の機密性や実態の把握の遅れなどから長らく調査はされませんでした。
ルーシー・ガーウッドさん
「私たちのコミュニティ、命はないがしろにされたのです。私たちは忘れ去られたのです」
父親をがんで亡くし、自身もがんに苦しむティナ・コルドバさん(65)。
2005年に被害者団体を設立し、国に補償などを求めてきました。過去には「犠牲は仕方なかった」と言われたこともあったといいます。
被害者団体代表 ティナ・コルドバさん
「いつもみんなに言うんです。もう少し違った視点で話し合ったり、間違いを犯したことを認めて、同じことを繰り返さないようにできないか、と」
今月16日、ティナさんたちの活動が実を結び、かつての実験場の入口付近に被ばく者の存在を伝える標識が設置されました。
さらに今月、トリニティ実験の被ばく者らに国が補償金を支払う法律も成立。ティナさんは喜ばしいとしながらも、今も核の脅威が消えない現状に次のように話します。
被害者団体代表 ティナ・コルドバさん
「一度やってしまったらそれで終わりです。修復はおろか、取り戻すこともできない。そして、ほとんどの場合、大切な人は帰ってきません」
現在、核弾頭数は世界全体でおよそ1万2000発あるとみられています。
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