6月6日に劇場公開され、口コミによって異例の右肩上がりで動員数を増やしている注目の映画『国宝』。吉田修一さんの同名小説を原作に、任侠の一門に生まれ、歌舞伎役者として芸の道に人生を捧げた主人公・喜久雄を吉沢亮さんが演じています。『悪人』『怒り』に続き、今作でも吉田修一作品の実写化を手がけた李相日監督に、映画の道に進んだきっかけや、今作の撮影秘話を聞きました。
(TBSラジオ「パンサー向井の#ふらっと」6月25日放送分より抜粋)
映画への道は「悶々とした大学生活」から始まった
李監督が映画の世界に魅了されたのは子どもの頃。1980年代、『E.T.』を観るために映画館の階段に座って鑑賞した経験が「原体験」と言います。
しかし、映画製作の道に進むことを決めたのはずっと後のことでした。新潟で育ち、大学は経済学部に進学。特別な目的もなく大学生活を過ごしながらも、就職を考える時期になって「やっぱり映画をやりたい」と思うようになったといいます。
それでも、「監督や脚本は、一握りの天才がやるものだと思っていた」と語る李監督。最初は経済学部出身であることを活かしてプロデューサーを目指したものの、映画学校にはプロデューサーになるための学科がなく、次に志望した脚本学科は志願者が多かったため落ちてしまいます。
結果的に演出科に入り、その卒業制作が思いがけず「ぴあフィルムフェスティバル」でグランプリを含む4つの賞を受賞。これが映画監督としての道を開くことになりました。
約3時間の超大作も「最初のバージョンは4時間半」
『国宝』は吉田修一さん原作の小説を映画化した作品。任侠の家に生まれながら歌舞伎の道に人生を捧げた男・喜久雄を主人公に、50年におよぶ壮大な物語が描かれています。
李監督は学生時代に観た『さらば、我が愛/覇王別姫』(1993年製作)をきっかけに、日本の歌舞伎に関心を持ち、長年温めてきたテーマでした。
2010年に公開された映画『悪人』を完成させたとき、「自分で納得できる映画ができた気がして、改めて日本の伝統芸能、特に歌舞伎にもう一度目を向けて映画化を考えるようになった」と振り返ります。
作品の上映時間は3時間近くと異例の長さですが、李監督はあえて映画館での公開にこだわりました。「ストーリーを紹介する意味なら配信もありえると思うんですけど、描くべきはこの喜久雄という国宝になる人間の生き様をどれだけ濃密に描けるか。それと歌舞伎を見ていただくのに、やっぱりスクリーンの音響と映像、大きな画面で没入していただいてこそ」と語ります。
最初の編集バージョンは4時間半もあったというこの作品。「前編後編にすると時代がどんどん飛んでいく。50年という長さを一気に駆け抜けるイメージがあった」というねらいから、1本の映画で完結させることにこだわったそうです。