「知床に行くことを知られたくない」減った宿泊者数

「KAZU I」の事故は知床の観光業に深刻な打撃を与えました。観光船の利用者数はコロナ前の約10万人から半減。全体の宿泊者数も、コロナ前の2018年度と比べて85%程度の回復にとどまっています。

▲遠方に見えるのが「知床岬」。陸路はなく、観光船で近づくことができるツアーが人気だった

石黒さんは「事故直後は知床を避ける個人旅行のお客さんが多くいましたが、どちらかというと影響が大きかったのは団体ツアーです。旅行会社もなかなか知床のツアーを作りにくいですし、お客様からしても申し込みにくい。『知床に行くことを知られたくない』とおっしゃる方もいて、複雑な状況です」と話します。

事故の影響が残り、責任を問われるなかで、地域としていかに観光客の安全を確保し、信頼回復につなげることができるかが課題でした。

地元全体を巻き込んだ「協議会」の発足

事故を受けて斜里町は「知床アクティビティリスク管理体制検討協議会」を設立。座長を務めた石黒さんは「事故のような海のリスクだけではなく、陸や山も含めた自然アクティビティ全体のリスクを、地域で把握し、分析・改善の仕組みを検討するもの」と説明します。

協議会には大学教員や研究者、地元のホテルやガイド業の関係者、小型船舶の事業者、知床財団のメンバーに加え、外部アドバイザーとして日本航空の安全管理部門も参加。2年かけて議論を重ね、2023年に最終報告書を公表しました。

知床が抱えるリスクとは?

知床の最大のリスクは何か——。石黒さんは「1番のリスクはヒグマ」と話します。「観光客の方も『危ないことはわかっていても、ヒグマを見てみたい』という欲求を持つ方もいらっしゃる」と指摘します。

知床では、たびたびヒグマが車道脇に出没し、ヒグマを見るための渋滞が発生。人に慣れたヒグマが車を揺するなどの事案も起こっています。地元の団体がヒグマの追い払いや、観光客への注意喚起を行っていますが、人身事故につながりうるリスクをはらんでいます。

▲原生林の木にはヒグマの爪の跡が残るものも

報告書の提言を受け、斜里町などは「知床しゃりアクティビティサポートセンター」を設立。同センターを中心に、ガイドへのヒアリング調査やリスク情報を収集し、共有が進められています。