リスクを共有・発信する観光地へ
従来の観光地では、「安心が確保されていること」が当たり前のように考えられ、リスクについて積極的に発信することは避ける傾向がありました。しかし、石黒さんは「これまであまり取り上げられてこなかった観光とリスクの関係について、改めて考える必要がある」と指摘します。
「天候、野生動物の遭遇、参加する側のスキルや経験など無数の要素があるのでリスクの高低を完全に客観的に整理することは難しいですが、それぞれの判断を可能にする材料を提供することは観光地の責任だと感じています。観光は楽しみや喜びが中心ですが、自然からそれを享受するためには地域、事業者はもちろん参加される観光客側ともリスクを共有することが大事」と石黒さんは強調します。
新村さんも「知床に来ていただく前に旅行者に向けて、きちんとリスク情報を発信し、旅の最中の人に対しても、当日の天気やヒグマの目撃情報などをリアルタイムに伝えていくことも非常に大事になってくる」と情報発信の重要性を語ります。

世界遺産登録から20年
知床では現在、インバウンド比率が19%まで上昇しており、徐々に回復の兆しが見えています。新村さんは「安全の確保という大前提のもとで、知床の自然を楽しんでもらえるために、これからも取り組んでいきたい」と今後の展望を語ります。
石黒さんは「最も大事なのは、観光客の方に『観光事業者さんがいることでリスクが減る』という認識を持ってもらえるようにすること」と指摘します。
「例えば1人で森に入っていくと、ヒグマに会ってしまうかもしれないけれども、ガイドの皆さんと入ることでリスクが下がる。個人で自由に訪れるのではなく、地元を知り尽くした事業者やガイドとともに自然を楽しむことが重要という考え方に変化させていくことが大事です」
世界自然遺産の登録から今年で20年を迎える知床。観光船事故を教訓に、地域がどう向き合うべきか——その答えを模索する取り組みは、他の観光地にとっても活かされうるものではないでしょうか。

(TBSラジオ「荻上チキ・Session」2025年5月22日放送分から抜粋)