
核保有国同士の激しい応酬のエスカレートが懸念されましたが、日本時間10日深夜、両国は停戦で合意したと発表したのです。

合意はアメリカの仲介で実現。ルビオ国務長官は声明で「バンス副大統領と、自身がインドのモディ首相や、パキスタンのシャリフ首相らと会談してきた」としています。
事態の発端 “火薬庫カシミール地方”とは
そもそも今回の応酬の発端には、何があったのでしょうか
4月、インドが実効支配する、観光地で起きたテロ事件。パキスタン側から侵入したとみられる武装組織の銃撃などによって、インド人観光客ら26人が死亡しました。
現場となったのは「ミニ・スイス」とも称される風光明媚な街。
両国が建国以来、領有権を争ってきたカシミール地方にあります。
テロ事件の直後、インドのモディ首相はーー

モディ首相
「すべてのテロリストとその支援者を、特定・追跡し処罰する。」
インドはテロ組織の背後にパキスタンの支援があるとみて、パキスタンへの大規模な攻撃に踏み切り、両国の激しい応酬が始まったのです。
これまでにも、2001年のインドの国会議事堂でのテロや、2008年のムンバイでのテロなどが起きるたび、軍事的な緊張が高まってきた両国。

背景には、常にカシミール地方をめぐる対立がありました。
風光明媚な観光地にはそぐわない“南アジアの火薬庫”とも呼ばれるこの地域。
いったいどんな場所なのでしょうか。