時代に取り残されたような古びた雑居ビルにある法律事務所。雑然とした机の上、使い込まれたソファ、色あせた壁面を這うむき出しの配管や鉄骨…。現在放送中の『イグナイト -法の無法者-』(TBS系)は、ただスタイリッシュなだけのリーガルドラマではない。そこには、背景に宿る“物語”がある。
この世界観を支えているのが、美術担当の野々垣聡氏だ。“こだわりすぎないこと”を信条としており、完成形を決めすぎないイメージ画や、装飾チームとの即興的なやり取りを大切にしている。そんな彼が『イグナイト -法の無法者-』で描こうとしたのは、ただのリアリティではない。「人物の背景にある物語を、空間として浮かび上がらせたい」。その言葉どおり、本作の空間には、言葉では語られない人生の手触りが染み込んでいる。
手書きのイメージ画が生む“余白”、装飾チームとともに作る世界観

近年では3D設計が主流になりつつあるテレビ・映画の美術部門で、野々垣氏はあえて「手描きのイメージ画」にこだわっている。「セットのイメージ画は全部手描きです。描ききらないことで“余白”ができる。ここに何か足せるかもしれない、隠れているかもしれない、そんな想像の余地を残したい。完成された図面より、曖昧な絵の方が、装飾チームも自由に動けるんです」。
加えて、手描きには“曖昧さ”によって装飾チームの想像力を刺激する役割もあるという。
「イメージは頭の中にあるんですけど、細部までは決めすぎないようにしています。鉛筆で描くと良い意味でごまかせる。『面白いアイデア募集中です』っていう感じで提示すると、装飾チームがいろいろ提案してくれる。せっかく一緒に作っているんだから、僕が全部指示して準備してもらうのは違うなって思っています。彼らの遊びや発想を引き出す余白を、意識的にイメージ画に残しています」。
「全部決めてしまわない」。それは一見すると非効率に思えるかもしれないが、現場ではその“空白”が想像力を呼び込み、結果的にリアルな空間につながっていく。