トランプ政権のレトリックの危険性
こうしたメディア環境の中で、トランプ政権のメディア発信が変化するのも当然の成り行きともいえる。“レガシーメディア”というフィルターを通せば批判的に切り取られることも多い。であれば“ニューメディア”で情報の受け手に直接メッセージを届ける方が政権にとっては都合はよい。「見出し」を自分たちで作り、正当性を強調できるからだ。
この姿勢が明白になった2つのニュースが3月にあった。
1つは敵性外国人法を適用した不法移民の国外追放だ。ベネズエラの犯罪組織の構成員だとみなした数百人を通常の司法手続きを取らずに拘束し、飛行機でエルサルバドルに追放した。エルサルバドルが誇る巨大刑務所に収監される様子はSNSで発信されアメリカでは連日大きなニュースになった。
“レガシーメディア”は戦時下の法律を適用することの是非や、裁判所の国外追放停止命令に応じなかったことを問題視して報道していた。にも関わらず、政権側は「これでアメリカは平和になった。これは選挙でアメリカ国民が望んだことだ」との発信を繰り返し、停止命令を出した判事については「過激左翼で狂っている」と攻撃した。それをそのまま報じる“ニューメディア”も多く、政権側の伝えたいメッセージはインフルエンサーなどによって瞬く間に拡散されていった。
もう1つは、政権の幹部が民間の通信アプリ「シグナル」を使って軍事攻撃に関する情報をやりとりし、そこに雑誌の編集長を誤って招待していたことが明らかになった事案だ。この件が大きく報じられても政権側は過ちを認めることはなく「機密情報は含まれていなかった。だから問題はなかった。」とのメッセージを繰り返し発信するだけでなく、この件を報道した編集長を「ゴミを売り歩く最低な野郎だ」と罵った。
「自分たちの主張が正しく、批判するレガシーメディアは間違っている」。トランプ政権はこうした情報発信を続け、その主張を称賛するメディアを通して情報を得る人が増えている。これが今のアメリカの変化だ。
もちろん“レガシーメディア”も奮闘していて、政権内部の動きにしっかりと目を光らせスクープ報道も検証報道も続けているが、トランプ政権は事実上“相手にしていない”と言っていいだろう。
支局発の原稿が倍以上に~トランプ政権の「洪水戦略」~
トランプ政権は大きなニュースになるような発表を次々と打ち出しているが、これは「Flood the Zone戦略」というメディア戦略だと言われている。「Flood the Zone」とは「一帯を氾濫させる」という意味で、議論を呼ぶような案件を同時多発的に打ち出すことでメディアや反対派がすべてを対応しきれない状況を作り、じっくりと議論させる余裕を与えないという戦略だ。
2017年のトランプ第一次政権で首席戦略官を務めたスティーブ・バノン氏が採用した戦略で、バノン氏は後に「メディアこそが野党だ」、「奴らは怠惰で愚かなので、1つのことにしか集中できないのだ」と揶揄していた。
今回の第二次政権ではホワイトハウスのスティーブン・ミラー大統領次席補佐官がこの戦略をより洗練させ、じっくり準備した上で実行に移していると報じられている。“ニューメディア”重視もバージョンアップした「洪水戦略」の中で大きな役割を果たすことが期待されているのだろう。

この原稿を書いている時点でトランプ政権が始動して約90日が経過した。この間、JNNワシントン支局が書いた原稿は600本を超えた。2017年のトランプ第一次政権始動時が245本、2021年のバイデン政権始動時が258本だったのに対して、倍以上だ。
我々も洪水戦略に飲み込まれそうになっているが、奮闘するアメリカの“レガシーメディア”同様にしっかりとトランプ政権の問題点を日本に向けて伝えていきたい。
<執筆者略歴>
樫元 照幸(かしもと・てるゆき) JNNワシントン支局長
1997年 TBSテレビ入社。社会部記者・報道番組ディレクターを経て2010年からニューヨーク特派員。「ニュース23」編集長・社会部デスク等を経て2021年からワシントン支局長。アメリカ在住計9年。ポッドキャスト「週刊ワシントン」配信中。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。