1929年に発生したウォール街の株価暴落をきっかけに、世界経済は大不況に突入。
アメリカは1930年、自国産業を守るために高い関税を課す「スムート・ホーレイ関税法」を成立。輸入品への平均関税は38.5%から59%(1932年)にまで上昇しました。
これに対し、イギリスやフランスも、自国通貨を基軸とする、排他的な経済圏をつくって対抗。世界経済の「ブロック化」が進むことに。
当時、アジア進出を強める日本もまた、台湾や満州などで“円ブロック”を形成。
その後、アメリカは、イギリス・中国・オランダとともに、いわゆる「ABCDライン」を形成し、石油供給の停止などによって、日本を経済封鎖します。
こうした「ブロック化」がもたらす対立が、第二次世界大戦の一因となりました。
そこで、多国間の貿易自由化を掲げる「GATT=関税貿易一般協定」(1948年)がつくられ、その後、「WTO=世界貿易機関」(1995年)が設立されました。
こうした枠組みがつくられた背景について専門家は…
上智大学教授(国際経済法) 川瀬剛志さん
「保護貿易が第二次世界大戦の原因の一つになったという反省が強かった。戦後、ブロック化の経済の再来が、起こらないようルールを作り、多国間で貿易を自由にしていくんだということで合意した」
その結果、WTOが中心となり、貿易の紛争を解決する役割などを果たしてきたのです。ところが...