県内で長く愛される老舗の今を伝える「老舗物語」、今回は福島市の老舗にスポットをあてます。
穏やかな空気が流れる店内。
ここは、福島市の「あんみつとうどんの店おおやま」。

その名の通り、メインは自家製あんこを使った『あんみつ』と、昆布と魚介だしのスープが自慢の『うどん』です。


店主の志村紀子さん。
1人でもふらっと立ち寄れる場所にしたいと店を開きました。
志村さん
「うちは通しでやっているので、昼は閉めないから中途半端な時間に飲めるというのはここら辺にはない。」
店内を見渡すと、一見、老舗感はありませんが、この場所には100年以上の歴史が詰まっています。

福島市の稲荷神社につながる石畳の商店街・文化通り。
かつては、寺院が多いことから石屋小路と呼ばれていました。
いまから100年以上前、その石屋小路に『大山せんべい店』が店を構えました。

大山俊一さん
「私で3代目。祖父の代から創業がおそらく明治末か大正。だいたい100年の歴史のある老舗ということになる。」
大山せんべい店3代目の大山俊一さん。
祖父の代から続くせんべい店を、妻の陽子さんと夫婦で切り盛りしてきました。
大山俊一さん
「朝早く起きて仕込みますから、結構きつい仕事といえばきつい仕事ですし、夏場は火の前ですから。でもやっぱり手焼きせんべいという昔ながらの製品が、お客さんにも喜ばれた。」
手焼きの温かさが人気だった大山せんべい店ですが、時代の移り変わりとともに
5年前、惜しまれながら閉店しました。

大山俊一さん
「結局は後継者がいないということ。自分の体力の限界を感じて。後を継ぐ人がいれば、まだまだ代は続くだろうと思っているけど、その辺が一番難しいかもしれない。」
暖簾を下ろして4年。
去年5月、同じ場所に大山の名前が刻まれた、ある店が誕生しました。
「あんみつとうどんの店おおやま」

オープンさせたのは、長女の志村紀子さんです。
志村紀子さん
「たまたま久しぶりに同級生で集まることがあった。その時に両親が健在だという人があまりいなかった。父と母も元気なうちに、一緒に何かできればいいかなと思ったのが最初のきっかけ。」
働いていた職場を辞め、紀子さんが始めたのは、せんべい店ではなく甘味処でした。
志村紀子さん
「母がずっと言っていた、あんみつ屋って(笑)。あんみつだけではお客さんが限られてしまうし、私もあんみつよりおせんべい派なので(笑)。」
甘味処にしたのは、実は、せんべいよりあんみつ派だった母の希望をかなえるため。
客層を広げようと、紀子さん自身の飲食業での経験を生かし、食事メニューも充実させました。
中でも、昆布やうるめイワシなど3種類のだしで作るうどんは人気商品。

開店から1年足らずですが、食事も甘いものも楽しめる新しい「大山」が文化通りに定着しました。
店は基本的に紀子さんが1人で営んでいますが、両親も朝の準備や 一部の料理の仕込みを担当しています。
志村紀子さん
「皮はせんべい屋をやっていた父の手作り。麦せんべいを焼いていた技術が生かされている。」
もっちりとした皮でお酒とも相性抜群な餃子。皮を俊一さんが手作りしています。

大山俊一さん
「基本は(せんべいづくりと)大して変わらない、そう思って簡単に引き受けたんだけど、なかなかそこはその道その道でいろいろ試行錯誤をしながら、だいぶ最近はプロに徹してきた。」
店の形態は大きく変わりましたが、紀子さんは「大山」の名前だけは残そうと決めていました。
志村紀子さん
「大山せんべい店でずっとやってきていたので、地元の人たちも大山という名前があれば誰か、家族がやっているんだろうと分かりやすいと思って。大山という名前でもしかしたらといって、父や母の友人や知り合いが入ってきたこともあるので、残しておいてよかった。」
大山俊一さん
「せっかくこれだけの場所で商売やってこれた、地の利があるがシャッターを下ろしてしまうと何の変哲もないシャッター通りになってしまう。一番うれしかったのは、娘が先に昔のままの大山にしたほうがいいんじゃないと言ってくれた時が、一番うれしかったですね。」
この通りの日常を100年以上見守ってきた大山せんべい店。
これからは、新たな形で再出発した「大山」が、その移り変わりを見守り続けます。
『ステップ』
福島県内にて月~金曜日 夕方6時15分~放送中
(2025年4月3日放送回より)