横浜高校の19年ぶり4回目の優勝で幕を降ろした第97回選抜高等学校野球大会。熱戦が繰り広げられたその裏で、まだ雪が積もるなか、ビニールハウスで練習に励む選手たちがいた。2023年11月にイチロー氏の指導を受けた、北海道・旭川東高校の球児たちだ。同校の選手たちに、イチロー氏が本気でぶつけた“イチ流”の教え。あれから1年3か月が経ち、当時1年生だったチーム唯一の女子部員とマネージャーに、旭川東の今とラストイヤーにかける思いを聞いた。

「自分を律して厳しくね」

夏の地方大会で11度の決勝進出を果たしながら一度も甲子園出場を果たせていない同校の状況を知り、「選手たちの悲願を叶え、未来の礎となるきっかけを残せたら」と当時訪問を決めたイチロー氏。訪れた2日間で、バッティングや捕球のコツだけでなく、股関節の使い方や走りのフォームなど、野球につながる細かい動きまでくまなく指導。そして、練習の最後には選手たちへこう語りかけた。

イチロー氏:どこの学校に指導しに行ってもそうなんだけど、監督・指導者が厳しく出来ないんだって。時代がそうなっちゃったから。でも導いてくれる人がいないと、楽な方に行くでしょ。自分に甘えが出て結局苦労するのは自分。厳しくできる人間と自分に甘い人間とで、どんどん差が出てくるよ。だから、“自分を律して厳しくね”。

「教えは旭川東の財産。自分たちのものにしていく」 

中山志輝さん(新3年)は、旭川東の唯一の女子選手だ。規則上、公式戦には出られないが、練習試合ではスタメン出場することもあるという。訪問前に中山さんのことを聞いたイチロー氏は、こんなことを語っていた。

中山志輝選手(新3年)

イチロー氏:(中山さんのような女子選手は)まだ珍しい存在ですけど、きっとこういう子たちがきっかけでその道を目指す子が増え、チームに女子選手が何人もいるようになる。彼女はきっとそういう未来のはしりになる。その代わり、僕だって指導するときは容赦しないですよ。それが正しいアプローチだと思っているから。
イチロー氏の現役時代と同じライトを守る中山さん。バッティング練習の時にはイチロー氏へ直球の質問がとんだ。

イチロー氏から指導を受ける中山選手

中山志輝選手:バッティングで、自分の感覚は大事にしたほうがいいですか?

イチロー氏:もちろんです。そりゃそうだよ。

中山選手:先生に言われたりするんですけど・・・しっくり来なければ、やらなくてもいいですか?

イチロー氏:一度やってみる、しばらくやってみる。それで違うなって自分なりに答えを出したならそれはもう捨てていい。プロの世界でも、コーチは毎年変わる可能性があって。そのコーチの言うことを毎年聞いて自分の形を変えてたら、何が何だか分からなくなっちゃうから、しっかりした自分の形は、確固たるものをまず作る。その上で色んなアドバイスを取り入れるか入れないか、そういうスタンスの方がいいと思う。

中山選手:はい、分かりました!

「オーラがすごかった」と緊張しながらも、イチロー氏の想いに応えるように果敢に質問した中山さん。当時の心境を振り返った。

Q.イチロー氏への「しっくり来なければ、やらなくてもいいんですか?」という質問の裏にはどんな悩みがあった?
中山:
自分は外野手で、当時もライトを守っていて、かなり濃密に教えてもらいました。調子が出ないときに、色々フォームや形を変えようしていたんです。イチローさんの言葉を聞いて、今は最終的に自分の感覚で判断するようになりました。野球ノートも毎日書いていて、調子を崩した時に振り返ることで「この感覚だったな」と思い出しながらやるようにしています。

Q.(3年生が卒業し)代も変わったが、その教えを後輩たちへどのように伝えている?
中山選手:
教わったことは旭川東の財産なので、イチローさんの指導を受けていない1年生だけでなく、その下の代、さらに下の代へと引き継いで、(旭川)東校のものにしていくことが必要だと思っています。後輩には「イチローさん、こう言ってたよ」と伝えたり、インプットできるように積極的に声をかけています。

最上級生となり、チームにとって欠かせない存在の中山さん。公式戦には出られないが、男子選手に混ざってプレーする理由も教えてくれた。

中山選手:最初、高校に入った頃は、楽しいからという理由だけでこのチームでプレーできていたのですが、上手くいかないことも多かったです。試合に出られないことが納得できない部分もありました。だけど大会で負けた時、チームメイトが私に「ごめんね」と言ってくれたんです。その温かい言葉が支えになり、チームのためにできることをしようと思って、ここで野球を続けています。