宮城県名取市の震災伝承施設「閖上の記憶」で行われた「追悼のつどい」を主催したのは、14人の生徒が亡くなった閖上中学校の遺族会代表の丹野裕子さん。

丹野さん自身も震災の津波で当時中学1年生だった長男の公太さんを亡くしました。

丹野裕子さん:
「私はね、ずっと同じことを(風船に)書いてます。『たまには帰っておいで』これ以外かける言葉はないと思っています。」

丹野裕子さん:
「災害って終わりがないんだなと思ったときに、歴史は必ず繰り返す。だから、語り継がなくてはいけない、改めて今そう思っています」