被害者は、警察や身内に相談ができない状態のまま4年以上の月日を耐えていたのだった。
【被告人質問】
まず弁護人からの質問。
弁護人:
「はじめての時はどんな状況でしたか?」
被告人:
「被害者が痛がらないように優しくやった。被害者は嫌がってなさそうだった」
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