陰の支援者が新聞社にリーク 公表されなかったもう一つの“報告書”

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国広弁護士の仕事は「社内調査報告書」で終わらず、もう一つの「法的責任判定委員会」にも関わることになった。

この委員会は、経営陣の法的責任、損害賠償を検証するもので、社員は入らず、山一から独立した弁護士と公認会計士のみで構成された。
調査の結果、「旧経営陣10人に責任がある」「粉飾決算を見逃した監査法人にも責任がある」と結論づけた。つまり「A級戦犯」を認定したものだった。
調査の結果、法的責任は行平前会長や三木前社長だけでなく、他の役員についても実名で指摘した。
しかし、これは山一側に猛反発を受けて、公表はされなかったのだ。国広は悔しい思いを胸にしまい込んだ。
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ーーもう一つの「法的責任判定委員会の報告書」は公表されませんでした。しかし、朝日新聞が独自に入手して記事にしました。そのときに国広さんが「情報をリークした」と疑われたとお聞きしましたが。

国広弁護士:
「法的責任判定」の報告書を提出したところ、山一証券側から「出過ぎたことはするな」という主旨のことを言われました。名指しで10人アウト、監査法人もアウトという結果の報告書を出し、しかもその公表を求めたことに対して、山一は「そんなことまで頼んでいない」って言い始め、顧問弁護士が前面に出てきて我々を押さえ込もうとしてきたわけです。

そうしたら、朝日新聞が独自に入手して内容をスクープしました。私は公表すべきだと強く主張していましたから、当然真っ先に疑われました。
顧問弁護士からも強く責められました。世間に公表すべきだと強く言っていたのが私ですから。公表をずっと反対され続けてきた私がブチキレて、朝日に出したんだろうと思われたわけです。

辛かったのは、「売名弁護士」と言われたことです。「倒産した会社を踏み台にして、売名をしようとしている駆け出しの弁護士がいるとすれば問題だ」という言い方をされたんです。私のことを指しているのは明らかで、しかも目の前で言われました。ひどい話です。
たしか、朝日新聞の記事が出た直後だったと思います。とにかく全新聞社に送りつけてやろうかと真剣に考えてましたから、確かに動機はあったんです。もちろんやってませんが。
社長の野澤さんがノーという以上は、公表は無理でした。
今は「第三者委員会」が自ら公表できるような制度にしたんですけど、当時はできなかったんです。

10年後に、実は朝日新聞にリークしていたのは、弁護士や公認会計士ではなくて、当時、山一の清算業務の責任者で、「社内調査委員会」や「法的責任判定委員会」を陰で支援してくれて「しんがり」の中にも登場する菊野晋治さんであることがわかりました。
2007年秋に「調査チーム」の飲み会に誘われたときのことです。その席で菊野さんが日本酒の徳利を持って「一杯飲めや」と私の前に座って、こう言ったのです。

「10年たったし、もう言うてもいいやろう…クニさん(国広)が疑われたじゃろう?あれを出したのはワシなんじゃ。クニさんが疑われるのは分かっとった。
でもあの報告書を闇に葬ってはいかん、山一が最後にまた隠ぺいで恥をさらしてはいかんと思った。じゃから、ワシが出してクニさんにひっかぶせたんじゃ。すまんかった」

わたしがポカンとしていると「あの状況じゃったら、みんなクニさんを疑って、ワシを疑うもんは一人もおらんかった。あれを出したのは、ワシにとって、“山一最後のおつとめ”だったんじゃ!」と朝日にリークしたことを打ち明けたのです。

さらに菊野さんは、朝日新聞がスクープした朝、その新聞を持って野澤社長の部屋に押しかけて「情報管理がなっとらん!」と怒鳴りつけたそうです。
「じゃから、ワシを疑うもんは一人もおらんかった」と笑いながら私に「告白」してくれました。私もつられて大笑いです。

山一証券本社 東京・中央区新川(1998年)

ーー山一証券は経営破たんを招いた「約2600億円」の損失隠しで、行平前会長や三木前社長ら3人が有罪判決を受けましたが、「調査報告書」では、同社の歴史、企業体質、営業手法まで遡って検証しています。そこの意義については、どうお考えでしょうか。

国広弁護士:
捜査機関が立件する刑事裁判では、あくまで何年何月何日に、刑罰法規で規定されている行為を実行したか、ということだけが、立証の主題になります。
しかし、なぜそうなったのか、組織風土的に何が問題なのか、歴史的経緯はどうなのかは立証の主題ではない。
刑事事件では不祥事の「全体像」は見えないのです。私たち「調査委員会」が書いたのは法的な犯罪の成否を判断するものではない。経営陣が、どういう風にごまかして、危機を先送りしたかという「全体像」を描いた記録なんです。
そういう意味で「調査報告書」は、山一証券がなぜ隠蔽を続け、どのように転落して幕が引かれたのか、全体像が見える「ルポルタージュ」だったと思います。

山一の件はともかく、企業不祥事が起こった場合、調査委員会で、企業が自浄作用を果たせれば、わざわざ東京地検特捜部が捜査に着手したり、東証が上場廃止したり、証券取引等監視委員会(SESC)が入ってくる必要はないという場合もあると思います。

むろん、看過しがたい悪質な犯罪行為は別ですが、進化した資本主義社会は、企業に「自律能力」があることを前提としています。
何でも国家権力が介入するのは、自由な資本主義社会とは言えず、優れた「調査報告書」が公表されれば、当局は「自浄作用」を認めて「行政処分」や「刑事処分」までは不要との判断材料になり得ると思います。これが第三者委員会の「当局調査代替機能」と呼ばれる公益性なんです。

ーーもう一つの「法的責任判定委員会」の報告書ですが、公表できなかった一番の理由は、どこにあったと思われますか。

国広弁護士:
当時は「第三者委員会」という言葉も存在しない中で、「判定委員会の依頼者はだれなのか」という本質的な問題が横たわっていました。判定委員会は山一証券の依頼、つまり「野澤社長の依頼」を受けているのであり、野澤社長に対して忠実義務があると。ですから、野澤さんが公表をノー言っている以上、何もできないと言われました。

一方でわたしは、依頼者は野澤社長ではなく、「職を失った社員、株主、顧客、取引先すべてのステークホルダー」であると主張しました。すでに公表していた「社内調査報告書」の中でも、ステークホルダーへの公表を約束しており、「判定委員会」の結果も当然、これに含まれると考えました。そもそも野澤社長は、「判定委員会」との形式上の契約者にすぎないわけで、ステークホルダーに対して公表する責任と権限を持つのは「法的責任判定委員会」であるというのが私のロジックでした。

しかし、「判定委員会」の他の弁護士らは、「国広さんの言うことは理念としてはわかるが、今の法律解釈論としては無理があり、山一側が自発的に公表するよう説得するしかない」という意見が多数でした。

結果的に朝日新聞はスクープしましたが、会社が正式に調査結果を公表することはなく封印され、私も諦めざるを得ませんでした。
このときの悔しい体験があって、社長ではなく、ステークホルダーが依頼者であることを明確に定義付けて、経営陣に不利なことも書けるような独立性が保証された第三者委員会のあり方を、はっきり示すべきだと強く感じました。

ーー山一証券の「社内調査委員会」のあと、企業の不祥事のたびに「第三者委員会」が設置されるようになりましたが、経営者の「免罪符」「弁解」に利用されるケースも後を絶たず、批判もありました。これはどう受け止められましたか。

国広弁護士:
山一証券の「社内調査委員会」が原型となって、企業不祥事のたびに「第三者委員会」が設置されましたが、そうなると玉石混交で、その体をなしていないケースも出てきました。
社長が依頼し、立派な肩書の「先生」たちを調査委員に並べた、その場しのぎのお手盛りの「不良第三者委員会」の事例が続発しました。
こうなると「第三者委員会」自体の信用を損ねることになりかねません。そこで有志の弁護士が集まって、本来の姿に戻そうと、2011年に日弁連の「第三者委員会ガイドライン」を作ったんです。そこにはこう明記しました。

「第三者委員会はすべてのステークホルダーのために調査を実施し、その結果をステークホルダーに公表することで、最終的には企業の信頼と持続可能性を回復することを目的とする」

「第三者委員会は、調査により判明した事実とその評価を、企業の経営陣に不利となる場合であっても、調査報告書に記載する」

これは山一証券の「法的判定委員会」でねじ伏せられた経験があったからです。
「企業は社長のもちもの」ではないんです。「第三者委員会」にかかる費用は、社長のポケットマネーではなく、株主のお金であり、従業員が一生懸命働いたお金であり、顧客が商品を買ってくれたお金なんです。ですから、社長が意のままの報告書を求めるのは筋違いです。しかし、形式上、「第三者委員会」は社長から委任されるため、報告書は、社長の意思に反するものにはなり得ないというのがそれまでの弁護士会の常識でした。

しかし、ガイドラインをつくったことによって、委任契約の際に「日弁連のガイドラインに準拠する」と書けば、必然的に経営陣にとって不利な事実や、組織的要因も調査できることになります。つまり、ガイドラインによって「説明責任」と「公表」がワンセットの経営陣に対する「盾」になったと思うんです。

社長が「公表しません」と言っても「第三者委員会」が独自に公表できるわけです。最低限こうした要件を満たした仕組みがないと「第三者委員会」を名乗ってはいけませんということです。

不祥事調査は、「外科手術」をやって悪い部分を摘出して、健康体に戻すためのプロセスですから、その手術を自分でこっそりやったのでは駄目で、中立、公平な第三者による「公開外科手術」が必要なんです。

「自主廃業」により「紙切れ」となった山一証券株