“知りたい”という気持ちが垣根を越えるきっかけになる

さくらんぼ教室・社会人クラス:長さん

──坂東さんや制作スタッフとのやりとりのなかで、印象的なエピソードはありますか?

坂東さんもスタッフの皆さんも、「ASDってどういう人ですか?」という入り方ではなく、「みんなのことを知りたいんだ」という気持ちでとてもていねいに接してくださいました。クラスを見学するだけでなく、生徒たちとの交流の時間も設けました。生徒たちが「僕たちのことを知ってほしい」というように、とてもうれしそうに自分たちの好きなことや仕事のことについて話していたことが印象的でした。また、自宅取材のご依頼を受けて、社会人クラスの長(ちょう)さんにご協力いただき、お家を訪問していただきました。長さんの仕事や趣味、成長の歩み、日常生活、そしてご家族の思いを感じていただけたようです。長さんは坂東さんと仲良くなって、みっくんが務めるデザイン会社のスタッフとしてエキストラ出演もしたんですよ。「坂東さん、僕と友だちになってくれてありがとう」ととても喜んでいました。坂東さんが、そういった交流のなかから様々な個性や特性をキャッチしてくださって、みっくんに取り入れてくださっているのであれば、うれしいです。

──坂東さんが演じるみっくんが登場する場面のなかで、特にお好きなエピソードはありますか?

撮影初日に、スーパーの前に置いてある自転車のなかから、みっくんが目についた色をカラーカードで確かめるというシーンがありました。そのみっくんを見て、「僕はこんな人なんですよ」と坂東さんから教わった気がして感激しました。物語のなかには、予想外の事態などにパニックを起こす描写もありますが、私としては、それ以上にみっくんらしい魅力的な個性や楽しい部分も表現していただけたらいいなと思っていたんですね。坂東さんがまさにそのように描いてくださっていると思いますし、今後の放送がとても楽しみです。

個性を受け入れてもらえたことで、成功体験が生まれた

さくらんぼ教室:加藤竣志さん

──みっくんの幼少期を、教室に通う加藤竣志さんが演じています。

松本プロデューサーから、「教室の生徒さんで出演できる子はいませんか?」という相談をいただいて。誰かいるかなと聞いてみたら、竣志くんが通う教室の教室長が「こういう子がいますよ」と紹介してくれたんです。竣志くんは、教室に来るときも大好きな「トミカ」をいっぱい持ってきて、机の上に並べてお勉強をするようなとっても可愛い生徒さん。自分の好きなワールドをしっかり持っていることと、お顔立ちもみっくんに似ているんじゃないか?という推薦だったんですね。竣志くんが初めての環境で力を発揮できるかなというドキドキは、私にも保護者の方にもあったんですが、松本プロデューサーも監督さんも、竣志くんと仲良くなるための準備を根気よくしてくださって。そういった時間の積み重ねがあってこそ、竣志くんは立派に役割を果たすことができたんだと思います。

──竣志さんの撮影エピソードで、ほかにも印象的な出来事はありましたか?

彼の親御さんのご理解です。「ドラマに出演することは、うちの子にとってすごくいい経験になるからチャレンジしたい」と即答してくださいました。親御さんには「うちの子を知ってほしい」という気持ちが強くあって。我が子の頑張る姿を通して、いろんな個性を持つ子どもたちへの理解がもっと広がっていけばいいなと考えられたんだと思います。そんな親御さんの気持ちを受け、スタッフの皆さんが竣志くんと根気よく楽しく向き合ってくださったことが、彼の成功体験と成長につながったように思います。竣志くんの出演を教室保護者の皆さんも社員も一緒に応援してくれました。

多様な個性・特性をこれからも発信していきたい

──本作には“愛の掛け違い”というキーワードが隠されています。コミュニケーションが難しい現代だからこそ、想いが食い違わないようにすることが大事だと思いますが、伊庭先生はどのようにお考えになりますか?

教室に通う生徒の間でも、SNSを通じたトラブルなどがあります。世の中が複雑になってきて、子どもたち同士であっても、気持ちを伝えたり受け取めたりするなかで、いろいろ考え過ぎてしまうんですね。子どもも大人も先を読み過ぎるがゆえに、シンプルな気持ちのやりとりが難しくなっているのかも。私は、いかにストレートに言葉や行動で伝えられるかが大事なのではないかと思っています。ドラマのなかで、みっくんが「✕✕✕」とパニックになったとき、洸人さんが「みっくん!」と弟の元に駆け寄る。何のためらいもない愛情ってこういうことなんだろうなと、洸人さんの姿にときめきます。周りや人の目を気にせずに真っ先に手を差し伸べることが難しくなっている世の中ですが、人と人のつながりは、ストレートな気持ちのやりとりが大切なんじゃないでしょうか。障害の有無に関わらず「この人はどんな人なんだろう?」という興味、その人のことを知りたいという気持ちがあれば、それが相手に伝わります。『ライオンの隠れ家』のキャストさん、スタッフさんがまさにそういった姿勢で生徒たちに関わってくださったことで、お互いの理解が深まったように思います。

――視聴者の皆さんに伝えたいことがあれば、ぜひお話しください。

今回はASDという比較的世間に認知されている特性が取り上げられていますが、同じASDでも実に様々なタイプの方がいらっしゃいますし、発達障害(神経発達症)にはいろいろな特性があります。今後また、このような機会をいただけることがあったら、よりいろいろな特性のことも発信していきたいなと思いますし、今回のように当事者の人たちがいろいろな形で参加していけるとよいです。ドラマの世界でも、もっともっと多様な個性が描かれていくようになったら素敵ですね。

感情を持ち、それを言葉や行動で伝え合う人間同士。しかし、それぞれの個性によって、その伝え方には温度感の違いがある。それを埋めていくのは「あなたを知りたい」と思う心なのだと、伊庭氏の話を聞いて実感した。人と人の間にたびたび生まれる垣根を乗り越えながら、人に優しくなるためのヒントが、このドラマには隠されている。