「島が沈む」とも言われるにぎわい

「ただいま~」「お帰り~」お昼前には島に続々と人がやってきました。
中澤樹記者
「『神舞』があるこの日ばかりは、祝島に多くの人が訪れます。そのため、『島が沈む』とも言われています。この光景も実に8年ぶりです」

大勢の人が視線を向ける先は、海。神舞の始まりを告げる入船神事です。青い穏やかな海を優雅に走る櫂伝馬からは、漕ぎ手の男たちによる威勢のいい声が聞こえてきます。

そして、涼也さんの舞。堂々とした舞は訪れた人を魅了しました。波止場では、父の伸也さんが、息子の晴れ舞台を目に焼き付けていました。親子2代で神舞の花形。息子も立派に務めてくれました。
父・伸也さん
「本番で一番いい踊りができたと思います。まずは踊り終えて、安心しています。僕もそこで、一生懸命踊らないといけないという使命感もありましたし、子ども(涼也さん)も準備段階から一生懸命やったと、頑張って踊ると意気込みを感じていましたので、ほんとうにその成果がでて、よくきっちりと踊れたと思います」
1000年以上続く大分との縁
この祭りの起源は、1100年以上も前の西暦886年にさかのぼります。今の大分県国東市の人たちが嵐で祝島に漂着し、もてなした島の人は農耕などを教わると、しだいに島は豊かになった。その縁を大切にしたことが、神舞の始まりと伝えられています。4年に1度、大分県の伊美別宮社から神職を招きます。

しかし、新型コロナの感染拡大で前回の2020年は中止でした。今回は8年ぶりです。その間にも人は減り、高齢化も進みました。8年前は、5日間だった日程が今回は3日間に短縮しなければなりませんでした。それでも開催にこぎつけられたのは、祝島の人たちも大分の人たちもこの縁を大切に思い続けているからです。
大分県から
「神舞をきっかけに、ずーっとお付き合いさせていただいているご家族さんもいらっしゃいますし、すごくいい絆というかですね。神舞は絶やしてはならないなと思っています」














