80年近く経って「証拠品を出せ」と言われても「ない」
「80年も経ってから証拠品をどうのこうの言われても私たちの当時の家もほとんどきれいな家になっているから、証拠品を出せと言われても無いと言った」

女性は県が下した処分の取り消しを求めて岡山地裁に提訴することを決意したといいます。被爆者健康手帳の交付を求める裁判は広島や長崎でも…。長崎地裁では原告44人のうち爆心地の風下の地区にいた15人のみを黒い雨に遭ったとして被爆者と認めました。黒い雨は降ったのか。終戦から80年を前に司法の判断は揺らいでいます。

広島を中心に認定を求める提訴が相次ぐなか、国の新基準運用以降、岡山では初めての「黒い雨訴訟」となります。
(則武透弁護士)
「80年間苦しんでいた方がこの岡山にもいるということ。それが未だに救済されないというのはすごく正義にも反すると思う」

(女性)
「1人でも多くの方が(手帳の交付を)認められて、黒い雨や原爆に遭われた方々が救われるのが一番うれしい」
(スタジオ)
ー女性の当時の自宅は広島県旧津田町にあり、被爆者健康手帳交付の新基準で参考となる降雨域からは約3キロ離れています。この地域でも黒い雨が降ったと認められるかどうかが今回の焦点です。女性の代理人弁護士によりますと、提訴は今年中を予定しているということです。














