病院には当時を物語る資料が保管されています。
「これが当院に残っている1つの記録ですね」

1945年8月6日、戦傷死者の死亡診断書綴りです。
1人1人の兵士の生年月日や部隊名、等級や病名が何十ページにわたって丁寧に記されていました。

記録から読み取れる被害の大きさを、現在の病院の古川善也院長も指摘します。

広島赤十字・原爆病院 古川善也院長
「ここにあるのは全て軍人さんだけの死亡診断書それでこれだけだから、原子爆弾がどれだけすさまじいものだったかというのはこれだけでも分かるだろうと思う」

壊滅状態の病院で医療機器も不十分。
未知の病には症状を和らげる対症療法を施すほかありませんでした。

広島赤十字・原爆病院 古川善也院長
「実際のところ今、何ができるか言われてもできることは本当…ないよね。
今の医学と当時の医療は違うので今のことを考えると、その当時の人たちはよくやったと思いますね。何もない中で」