能登半島地震で家族を失った被災者の中には、初盆を迎えてもなお、納骨ができない人がいます。地震で土砂が崩落し、行き来ができなくなった故郷の墓地へ、草木をかき分けながらの墓参りに密着しました。

地震で妻と長男を亡くした石川県輪島市の出口彌祐さん(77)。自宅も全壊し、現在は市内のアパートで暮らしています。

旧盆を迎えても納骨を済ますこともできず、遺骨はアパートに置かれたままです。
この日、墓がある高巣地区まで墓参りに行くことにしました。

市道は寸断…生い茂った草木を刈り取りながら進む

同行する堂下政弘さん(70)は、津幡町のみなし仮設住宅からきました。車を降りてから墓までおよそ2キロの道のり、普段であれば車で10分程度ですが…。

出口彌祐さん
「土砂崩れしている所見えるでしょ。あの上を乗り越えないと、この道路に出ない。道路がここまで下がっているでしょ?」

故郷へ向かう市道は寸断されたまま。
「こうやって上っていく。これを支えにして上って」

木にくくりつけたロープを頼りに、崩落した道路を通らず向かいます。草木を掻き分けながら山を登り…山を抜けると再び、道路へ。これを繰り返しながら目的地を目指します。

墓のある“高巣地区”は数年前から無人に

お墓を山の下に移そうと思わなかった?
堂下政弘さん
「去年から移すつもりで、業者に見積もり出したら150万かかる言われて…」
出口彌祐さん
「家の親父が自分で建てたから何とも言われん」

元日、ここで地震に遭った堂下さん。軽トラックは乗り捨てたままになっていました。1時間ほど登りようやく2人の実家までたどり着きました。道にせり出した実家の瓦礫を踏み越えます。以前は十数世帯が住んでいた高巣地区。最後の住民が亡くなったことで数年前に無人になりました。

堂下政弘さん
「(り災証明が出てないのは)名舟町の一部って新聞に書いてある。一部というのはここしかない。(農業の)機械もいっぱいある、全てをやっとった。“半島に金かけても元とれんさけ放っておけ”って国会議員が言うた、誰や知らんけど。あれ聞いて…頭きたけどね」

転がり落ちていた墓石…「もう墓なんていらん、俺で途絶える」

記者「ここ通れます?」
出口彌祐さん
「前来たときは、もうちょっと道あったような気がしたけど…」

出発からおよそ1時間半、ようやく墓まで到着。中を覗きこみ、御骨があることを確認したあと腰を下ろします。

堂下政弘さん
「もう墓なんていらん。俺で途絶える、娘は去年結婚したし。どうするか今年来年中に結論ださんなんけど…いかんせん道がないと来られん」

妻子を亡くした出口さんの墓も、竿石が横たわっていました。

出口彌祐さん
「何ともならないね」
Q いつか2人の遺骨を入れないと…?
「…そうそう、それがあるもんね」

近くに咲いていた盆花を竿石のない墓に供えました。納骨ができないまま、墓前で手を合わせます。

この日はこれ以上できることもなく、下山。先祖への申し訳ない気持ちを抱えながら、出口さんはしばらくの間、海のほうを見つめていました。